南国への扉

実家が酒屋だったので、店頭に置いてあったアルコール類は子どもの自分にとっては未知の世界だった。

それはラベルに記されたほとんど読めない外国の言葉であり、色とりどりのボトルやラベルの絵やデザインだった。酒はリキュールを含めて異国情緒たっぷりだったが、子ども心には「気味が悪い」ものに見えた。

そのなかでもわかりやすかったのは、南国のリキュールでマリブのように、ヤシの木と南国の夕暮れの情景が描かれたものだった。

幼稚園の頃は商店街のはずれにあった空き地の側からバスで通っていた。その待ち合わせ場所のそばには小さなスナックがあった。

そのスナックはマリブのラベルのように、ヤシの木が店の前に植えられ、壁には南国のカラフルな色合いで夕陽やフルーツが描かれていた。

店はもちろん扉がいつも閉まっていたが、子どもの自分は「中に入ってみてみたい」と思っていた。それくらい他の商店街の店に比べて明らかにそのスナックだけ南国だったからだ。

そんなとき、ある日母親に聞いたことがある。「あの場所はどんなところなの?」母は自分の質問の意図を分かりかねたようだった。なので自分が想像したことを伝えた。あの中はきっとこの二俣川のこの場所とは違った南国なんでしょ?だってヤシの木やキレイな夕陽が描いてあるもの。

母は笑って否定した。自分はにわかには信じられなかった。だったらなんであそこだけあんな風に南国みたいなのかわからない。

だが自分が小学生くらいになって酒屋の配達を手伝うようになってはじめて理解した。あの南国スナックもいつも配達に行くようなバーやスナックと変わらなかったことを。

むしろ南国の扉を夢見ていた自分の方が懐かしい。

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