微妙に復活

さて、前回は前髪パッツンの大人しい、どこか奥ゆかしい、それでいて秘めた感じのあるミステリアスな妻がとうとうブチ切れて秒速でDJをやめたことについて書きましたが、その後のお話です。

あれから私は8年間にわたり、居酒屋にすらいかずまじめに働いておりました。

クラブ以外の飲み会にも参加しなかったので次第にお誘いは無くなり、本当に忘れられた存在になったのです。


1年くらいの感覚で「DJしたいなー」みたいなことを言うと、

「どうぞ!離婚して思う存分やってください。」

と、選択不可能な条件を突きつけられて、「ですよね~」と退散しておりました。

その頃、密かにあの情報発信基地 TOKYO で新たなブームが流行し始めました。

「野外フェス文化がおしゃれと言う風潮」です。

野外フェスと言えば、ロックバンドの舞台と思いきや、時代は変わってバンドステージとDJステージと言うのが大抵設けられていて、これ以上ないくらいにクラブ文化とバンド文化が融合した新たな音楽祭りのムーブメントが出来ていたのです。

TOKYO を中心として、都心に隣接した自然豊かな場所で、そんなブームが捏造、いえ、流行し始めたのです。

その時まで東北の片田舎仙台でレコード屋がたくさんある TOKYO を私は妬んでいました。

何かと言うと TOKYO をディスっていました。

でもその時は違いました。

「I LOVE TOKYO ! 流行の発信をありがとうございます! ねつ造でもなんでもかまいませんからもっと野外フェスをオシャレでハイセンスだと言い続けてください!」

そう心から思いました。

そして、仙台のお隣の県、山形で龍岩祭という3日間オールナイト3ステージのフェスへ家族で行く事にしたのです。

家族でキャンプ! アウトドア! 音楽! 健全なお祭り!

実際このフェスは山形蔵王温泉がスポンサーとなり、温泉街協力のもとに子供からお年寄りまで地域で盛り上げるイベントとなっていました。

ただ、メインのバンドブース以外の小さなDJブースなどがあり、そこではクラブDJ達が青空のもとクソミソに不健全なサウンドも鳴らしていて、私は数年ぶりのその刺激に歓喜していました。

慣れないキャンプ道具を駆使しながらバーベキューをやってステージを家族で見て、ふとした時に、私は勇気を振り絞ってこう言いました。

脳が極度のストレスで加速し、頭痛と眩暈と吐き気が私を襲いましたが、今を逃したらおそらく一生DJをする機会なんて来ないと思ったのです。

実際、「しばらくDJをやめる」が 8年 経過しても 「しば...」くらいまでしか経過していない事を身をもって知っていたので「...らく」あたりに来た時には私もすっかり耳が遠くなり、DJする場所までたどり着くのに息を切らし、ヘッドフォンをかけたところで「アレ?俺何しに来たんだっけ?」とかそういったことになってるかもしれないのです。

実際最近、お風呂の掃除(洗濯と食器洗いとゴミ出しとお風呂の掃除は私の仕事)をしていると、ごっそり排水溝に私の髪の毛が溜まっているので、生物学的にみると私は死んでる途中なのだと、そう感じ始めていました。

「ふぇすでさぁ...」

「は? なに?(コワイ声)」

ここでくじけそうになりました。

でも、私はさっき言った通り、もう軽く死にはじめてるんだと、レコードに書いてるアーティスト名も、ちょっと離さないと見えづらくなってるんだと。

今言わないと、遺言が「でーじぇーしたかった... でー... じぇ...」みたいな、一家持って子ども育てて最後にわけわかんない事言って逝ったと、そんなのはいやだと、勇気を振り絞りました。

「フェスに家族で参加してDJしたいなー。」と。

もちろん、妻がミステリアスにブチ切れるような様子があったら秒速で「なーんちゃって」と言うつもりでした。

結果から言うと 微妙にOK と言う感じでした。

なぜ「微妙に」なのかについてはその時の記憶が極度のストレスによって消えてしまってるので覚えていないのですが、汚いゴミ虫を見るような目で「はぁ、迷惑かけないようにできるならやってみれば?」的なお言葉が消えゆく意識の中で少しだけ残っていたという感じです。

それから私は仙台、宮城県近郊のフェスに 微妙に出演するようになりました。

微妙と言うのも、まずDJ名を変え、今までの活動の延長ではなく新たに始めるという事です。

しかし、クラブカルチャーの8年は80年くらいに匹敵するのではと思うくらいオーディエンスもシーンも変わり、私はほとんどゼロからスタートをすることになりました。

とはいっても、あくまで過程が中心、レジャーの一つとしてですから年に数回程度の 微妙な復活です。

ただ私が自分で使うために作っていたトラック(DJがプレイで使う曲の事)によって、それから2年後にもう一つの転機が訪れました。

続く

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