恋愛時計 第29話 恋愛時計

第29話 恋愛時計


シャワーを浴びながら、祥子は奏への思いを感謝に変えるためにはどうしたらいいかを考えていた。このままではこれからも苦しむことはわかっていた。


けれども簡単にこたえが見るかるはずもなく、寝室のドレッサーで髪を乾かしていた。



その時和夫が祥子に話しかけた。


「ちょっと目を閉じてー」


「え、どうしたの?何で?」


「いいからいいから」


「う、うん、わかった」


目を閉じている祥子の手に和夫は小さな箱をそっと置いた。


「え?」


と目を開ける祥子。


「箱、開けてみて」


和夫に言われるがまま箱を開けると、中には指輪が入っていた。


「何?どうしたの?」


祥子が驚いていると和夫は言った。


「ほら、子供たちもいてバタバタ生きてきちゃったからさ。11年遅れだけど・・・ダイヤモンド。いつもありがとう。愛してるよ。」



祥子は崩れ落ちそうになった。そしてまた大粒の涙がこぼれ落ちていく。



和夫は知らない、その涙が喜びだけではないことを。



(かず、ごめんなさい、本当にごめんなさい。私が愛すべき人、いえ、愛する人はあなただけ。あなたしかいません。少しだけ、少しだけ恋愛時計が動いてしまったの。許してください)



「かず、本当にありがとう。本当に、本当に。こんな私を愛してくれて、本当にありがとう。」



和夫は泣きじゃくる祥子を抱き寄せて額にそっとキスをした。



祥子は思い出せないほど久し振りに和夫と身体を重ね、和夫の腕の中にいた。


一瞬、風の音が奏のギターの音に聞こえたが、グッと引き寄せられて和夫の胸の中で眠りに落ちた。







ライブハウスでは簡単な打ち上げが行われていた。奏の元へ一人の男性が近寄って来る。


「奏さん、すみません、今少しいいですか?」


「あ、はい」


「私、ファインミュージックの岩崎と申します。」


「はあ」


「奏さんが今日MC後に演奏された曲、とても素晴らしかったです!是非うちから大々的にリリースさせていただけませんか?探していたんです、奏さんのような才能を!!つきましては一度事務所・・・」

 

「え?」


奏は途中から彼の声が遠くに聞こえていた。祥子の残像が浮かび、そこに感情が向いていた。


自分の夢を心から応援してくれた大切な女性にこのことを伝えたい、すぐにでも飛んでいって抱き締めたい、そう思った。



「奏さん・・・奏さん!」


「あ、はい」


「お疲れのご様子ですのでまた追ってご連絡させていただきます、それでは。」


「・・・。」



祥子さん・・・。


あなたとの思い出が形になったら僕の最後のラブレターを受け取ってくれますか?



ありがとう。


僕の大切な人。


一生忘れません。


ずっと大好きです。



さようなら。



奏はグイッとバーボンのロックを飲み干すと、ライブハウスを後にした。あてもなく、もうどれくらい歩いたんだろうか、いつの間にか二人でよく行った公園の前に立っていた。


そして何か思い立ったように公園の中に入っていった。



初めて祥子とキスをしたベンチに座り、祥子の唇の感触や匂い、少女のような笑顔を思い出していた。


しばらくしておもむろにギターを取り出すとフーッと息を吐いて恋愛時計を弾き始めた。夜の風がこのメロディを運んでくれると思いながら、祥子だけのために弾くのはこれが最後だと思いながら。


優しい旋律が夜の公園に静かに響く。


奏は名残惜しそうに心からのクレッシェンドで恋愛時計を弾き終えた。


星空を見上げた奏のほほを優しい風が撫でる。



その時、祥子の恋愛時計が止まった。


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