恋愛時計 第23話 セラピスト

第23話 セラピスト

奏は月に1回演奏会を行っているが、ファンはさほど多くない。30人といったところだろうか。CDをリリースしても100枚プレスして在庫が余るほどだ。

ただ暇潰しや趣味ではなく本気でプロギタリストを目指して夢を追い求めているのだ。

女風セラピストをしているのには夢に関する理由があった。世界に20本しかないマーチンの「OM 20th Century Limited」を手に入れて演奏したいからだ。500万円以上するこのギターで自分の曲を弾きたかった。そしてもう一本はギブソンのヴィンテージモデルだ。

最高峰の楽器でなくても奏の腕であれば人を感動させられるはずだが、一流になればなるほどより最高の音を求める。自分が表現できる世界を広げるために。

聴感上の話ではなく、奏本人が持つ世界を広げることで深い感情を表現できるようになり、結果的に聴く者の心を大きく動かすことになるのだ。

まだこんなところで終われる訳がない!その意識をこの2本を手に入れることでより強きものにしたい!1年前に女風の世界に飛び込んだのはそんな思いからだった。

顔を出していないために最初は鳴かず飛ばずの状況だったが、180cm近い身長とオーランドブルームのような端正な顔立ち、スマートなエスコートでリピート率が高く徐々に予約が増え、半年後にはトップセラピストの仲間入りを果たした。

人気が出ると勘違いしてしまい芸能人気取りになってしまう人も多い中、奏はブレることなく目的のために働いた。そんな姿勢が更に人気を高めていったのだ。

「涅音、今月もトップだね」
ラブジョイのオーナーからLINEが入る。

「ありがとうございます」

「来月はもう少し稼働時間を増やすことは出来ないかな?」

「すみません、やりたいこともあるので難しいかもしれないです」

「そうか、無理はさせられないからなー。もし時間が取れたら考えてみて」

「わかりました」

奏は涅音として毎日2~3人のお客さんと会っていた。目的はそろそろ達成出来そうな感じだが、今後の活動のためにもう少し続けようと思っていた。

ラブジョイはセラピスト同士で集まることはほとんどなく、そのため知り合いもほとんどいなかった。他のセラピストからは謎の人物のように見られていたが、奏にはそれがちょうど良かった。仲良くなって楽しくなってしまい、この世界で働く目的から外れてしまうことが嫌だったのだ。それはつまり自分の夢を遠ざけてしまうことになるのだ。

一度だけどうしても断ることが出来ずにイベントに参加したことがあるのだが、参加したお客さんの視線が痛すぎて途中で帰ってしまった。あのルックスがあればそれは仕方のないことだが、奏は必要以上にこの世界で知られたいとは思っていなかったのだ。

そんな写メ日記とXをたまに更新するだけの謎多きトップセラピストが涅音だった。

オーナーとのLINEを終えると奏は祥子のことを考えていた。また会いたい気持ちで胸がいっぱいになってしまう。ただその言葉が営業になってしまうのはとても残酷なことだった。

だからやり取りしていてもなかなかその言葉を伝えることが出来ない。

気持ちのやり場がない奏は、ギターを手にして伝えたくても伝えられない切ない思いをメロディにしていった。祥子との夜を思い浮かべながら、もう一度触れたいと願いながら。

明け方、このもどかしい思いを音にした曲が出来上がった。そして祥子の人生を思い浮かべながら歌詞も書いた。

奏はその曲に「恋愛時計」というタイトルをつけた。

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