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コラム:コロナ禍から一年(ニューズ・レターNo.77、2021年2月号)

 新型コロナウィルス(COVID-19)による感染症が世界中を覆いつくしてから約1年となる。およそ100年前、1918年頃からA型インフルエンザ「スペイン風邪」が世界的に猛威を奮い、内務省統計によれば日本では約2300万人の患者と約38万人の死亡者が出たと報告されている。日本でのスペイン風邪感染は第3波が到来した1918年から1920年頃まで続いたという。
 ちょうど演出家・土方与志の妻・梅子の自伝を読んでいたところ、婚約中だった与志と梅子の二人が1918年11月3日、突然、深夜に結婚式を挙げることが描かれていた(『土方梅子自伝』早川書房、1976年)。土方家の祖父(土方元久)が芝居見物に出かけてスペイン風邪にかかり寝込んでいたという状態で、土方家と梅子の三島家双方で祖父の存命中に結婚式をすませたいとの仕儀に相成ったという。その結果、結婚式の夜が祖父の通夜の日となってしまったということで、「まことに奇妙な深夜の結婚式となり、その後の一生が波乱にとんだものになることの象徴のようだった」と、梅子は回想している。
 その後、与志は私財を投じて日本最初の劇場をもつ新劇団・築地小劇場を創設、演劇を通じての社会主義運動に身を投じることになり、華族史上初の爵位剥奪処分を受けることになる。
 2020年のコロナウイルスでは、私たちは「3密」を避けて暮らすことをこの一年間強いられてきた。その結果、人間が社会を作るうえで欠かせない、移動する、集まる、対話するという三つの自由が大幅に制限されてしまったように思える。そのうち、対話する自由だけは、何とか現代の情報通信技術で保証されている。もちろん、オンラインで多くの人とつながれることのメリットも見えてきたし、時間やコストも削減できるようになった。しかし、一方で人間が社会生活を送る上で大切な能力が衰え始めていることも事実で、私たち研究者にとっても文化的な生活、調査研究を送る上での能力も衰えてきてしまうことも危惧されるように思われる。
 研究者にとって、リアルな学会・研究会の合間の何気ない会話だったり、見知らぬ人と一緒に素晴らしい知見にふれることで得られる共感だったり、国内外の調査出張で異文化を体験することなど、オンラインではこうしたリズムを作り出すことができない。緊急事態宣言下においては、研究会後にリアルに懇親できる場がなくなったことで、交流できなくなったデメリットははかり知れず大きい。
 オンラインは情報を共有するためには大変便利な手段だが、それに依存しすぎると私たちの文化を生み出すの力も損なわれる。研究生活上の成果について、後世の評価に委ねるにしても、いつまで続くかわからないコロナ禍を何とか奇貨とすることはできないものだろうか。
(『Intelligence』購読会員ニューズ・レターNo.77)

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