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第四章 御衣奉献大行列①

緊張の朝


 七夕まつりの当日。

 真央は祖母の形見の浴衣に身を包み、鏡の前に立っていた。

 鮮やかな朱色の地に、金糸で織り出された鳳凰の舞。

 その美しさに、真央は我知らず息を呑む。

 「おばあちゃん…今日は絶対に成功させるからね」

 真央は心の中で、亡き祖母に語りかけた。

 御衣奉献大行列は、織姫の衣装を真清田神社に奉納する、七夕まつりの目玉行事なのだ。

 その中で真央は、一宮の伝統工芸品を纏い、行列の先頭を歩くことになっている。

 「佐藤さん、もうすぐ出発の時間です」

 スタッフの呼びかけに、真央は一息ついた。

 胸の高鳴りを押さえつつ、集合場所へ向かう。

 「真央、今日は頑張れよ。君なら絶対にできる」

 隣に並んだ健太が、真央の手を握った。

 穏やかな笑顔で見つめる健太の瞳に、真央は勇気をもらった気がした。

 「ありがとう、健太君。私、全力で一宮の織物の魅力を伝えるから」

 二人で目的地の真清田神社を目指し、歩き始める。

 沿道には、大勢の見物客が詰めかけていた。

 「織姫さま、きれい!」

 「一宮の伝統工芸品だね。本当に美しい…!」

 歓声が真央を包み込む。

 期待と興奮に胸が高鳴る。

 一歩一歩、神社へ近づいていく。

 (今日という日が、一宮の織物の未来を変える。そのためにも、私は精一杯頑張らなくちゃ...!)

 真央は心に決意を固めると、凛とした眼差しで前を見据えた。

 祖母の想い、健太の支え、そして何より織物への愛。

 その全てを胸に、真央は行列の先頭を進んでいく。

 緊張と高揚が入り混じるこの瞬間。

 真央の織物人生の、新たな幕開けの瞬間だった。

 「真央、ついに来たな、この日が」

 行列の間を縫うように並んだ健太が、真央に言葉をかける。

 「うん…ずっと待ち望んでいた日だよ」

 みるみる近づいてくる神社の朱塗りの鳥居に、真央は感慨深げな眼差しを向けた。

 「ここから先は、俺に任せて。真央は織姫様らしく、ゆっくり歩いていけばいい」

 優しく微笑む健太に、真央は小さく頷いた。

 「…ありがとう、健太君。私、健太君がいてくれて本当に心強いよ」

 結ばれた二人の手に力がこもる。

 互いを信じ合う、揺るぎないパートナーシップ。

 それが真央に、今日という日を乗り越える勇気を与えてくれた。

 「さあ、真央。新しい伝統の幕開けだ」

 健太の言葉に背中を押され、真央は一歩を踏み出す。

 鳳凰の舞う浴衣が、朝日を受けて鮮やかに輝いた。

 美しい織姫の姿に、沿道から大きな歓声が上がる。

 真央は緊張しつつも、精一杯の笑顔で手を振り返した。

 (一宮の皆さん、見ていてください。私が織り成す、新しい伝統の美しさを...!)

 決意を胸に、真央は凛と歩みを進める。

 いよいよ神社の鳥居が目前に見えてきた。

 そこには、真央の人生を大きく変える運命の舞台が待っていた。

 祖母から受け継いだ想いを胸に、伝統の重みと向き合う時がやってきたのだ。

 「真央、前を向いて。あなたの輝く未来が、そこにあるから」

 ふと聞こえた健太の言葉に、真央は頷いた。

 はい、前を向かなくちゃ。

 私には、一宮の未来を切り拓く使命があるんだから。

 そう心に誓い、真央は神社の石段を一歩一歩、力強く上っていく。

 まばゆい朝日を浴びて、鳳凰の舞う浴衣が神々しく輝いていた。

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