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世界一透明な湖を求めて

ニュージーランドの奥地にある「世界一透明な湖」を求め数日かけて歩く。そんな探検のミッションのような謳い文句に誘われ歩いた6日間。美しい自然を巡るニュージランド南島ネルソンレイクス国立公園でのハイキング。

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「ブルーレイク」

この名前を初めて聞いたのはモトゥエカの日本人ご夫婦の元でWwoof(宿・食事と労働力のエクスチェンジプログラム)をしていた時だ。たまたま遊びに来たご夫婦の友人のスイス人が昔よく山を歩いてたというので、僕が「おすすめ」を聞いたのだ。

「僕は行ったことがないけど、娘が3、4日かけて歩いて行ったよ」

その時はそんなところあるんだ、ぐらいにしか思わなかった。あとで調べてみると、このブルーレイク(Blue Lake)が「世界一透明な淡水湖」であることがわかり、ロンリープラネットでも触れられているのを見つけた。

僕は特に「世界一」という言葉にはあまり魅力を感じないのだが、「世界一透明な湖を見に数日かけて歩く」という探検のミッションのような響きに惹かれた。歩く日数も1週間くらいとちょうどいい。しかもループトラックなので同じ道を引き返さなくていい上に、スタートとゴールが同じなので車を置いて歩ける。だからこのブルーレイクへのトラックは僕の歩きたいトラックリストに入っていた。

数ヶ月後、季節は秋にさしかかろうという4月に僕はこのトラックを歩くことにした。このトラックはネルソンレイクス国立公園(Nelson Lakes National Park)にあるトラバースセバインサーキット(Traverse-Sabine Circuit)だ。ブルーレイクはこのトラックのサイドトリップとして行くことができる。僕はこのルートに以前行ったことのあるアンジェラスハット(Angelous Hut)を加え、5泊6日のハイキングをすることにした。少し肌寒い季節で人もあまり多くないだろうと思い、今回はテントではなくハットに泊まることにした。


DAY1:Visitor Centre to Lakehead Hut

数週間ヴィンヤードの仕事をして過ごしたブレナムを去り、ネルソンレイクス国立公園へ向かった。途中でアメリカ人ヒッチハイカーを拾った。彼もニュージーランドをハイキングして周っていて、ネルソンレイクス国立公園を歩くようだ。彼はまさに狙っていた車を拾ったわけだ。2時間くらい走ってビジターセンターに着くと、彼は僕に別れを告げ足早に歩き始めた。彼も数日歩くようだが、荷物はデイハイクのように少なかった。

僕はビジターセンターでハットチケットを購入し、アンジェラスハットの予約をした(アンジェラスハットは要事前予約)。もう昼だったので、昼ごはんを食べてから歩き始めた。車はビジターセンターの近くの駐車場に停めておくことができた。

天気は曇りでどんよりとしていた。歩き始めて数分で6日分の荷物の入ったバックパックの重みが肩に食い込む。「本当にこれで6日も歩けるのか?」と不安になる。まあ、毎回そんなことを思いながら歩き切るのだが。

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この日はロトイチ湖(Lake Rotoiti)沿いの高低差のほぼない森の中のトラックだった。2時間ほど歩いてレイクヘッドハット(Lakehead Hut)に到着。ハットには僕の他にハイカー1人と地元のハンター2人が泊まっていた。

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DAY2:Lakehead Hut to Upper Traverse Hut

この日は晴れていた。谷に流れる川沿いを歩くルートなので、特に景色は見惚れるようなものではなかった。

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歩きながら時たまファンテイルという尻尾がファン(うちわ)のようになった鳥がついてくる。僕の少し前を木と木をピョンピョンと飛び跳ねながら行く姿は、まるで僕を案内している森の妖精のようにも見えた。かわいらしいその姿に僕は癒された。

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途中のハットで昼食を食べ、先へと進む。それまで緩やかだったトラックは次第に急になっていく。森の中から少し開けたところに出て、アッパートラバースハット(Upper Traverse Hut)が見えてきた。ハットには誰もいなかった。僕は近くの小川で汗を流すために身を浸した。とても冷たくて、数秒も耐えられなかった。

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ハットに戻って休んでいると、アメリカ人カップルハイカーがやってきた。彼らは数ヶ月車を借りてキャンプしながら、ニュージーランドの山々を歩いているらしい。見た目はヒッピーみたいだったが、アメリカ人にしては静かでとても感じの良いカップルだった。その日それ以上のハイカーは来なかった。


DAY3:Upper Traverse Hut to Blue Lake Hut

朝早く静かに支度を済ませ、カップルが起きないうちにハットを後にした。この日は距離が長く、峠を越えるので早めに歩き始めた。正直そこまで朝早く出発する必要もなかったが、日本での登山の癖だろう。

しばらくして登りが急になる。バックパックの重みを感じながらゆっくりと足を進める。次第に山陰から太陽が顔を出し、僕の体を温めていく。やがてトラックは緩やかになり、今日のハイライトである峠へ到着した。朝日に照らされた山々がうつくしかった。眼下にはこれから下りる谷が見えた。

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そしてそこから急な下りが始まった。どうやらここから一気に1000m下りるようだ。正直登りよりもこの下りの方がきつかった。勢い余って滑りそうな箇所もあった。慎重に下りようとし、膝と太ももに力が入る。逆から歩くことを選択した人たちはさぞかし大変だろうと勝手な哀れみを感じた。やがて下りも終わり、ウエストセバインハット(West Sabine Hut)に到着した。膝がガクガクと震えていた。

このハットでニュージーランド人の若い女性ハイカーと話をした。彼女はニュージーランド縦断3000kmのハイキングルート「テアラロア(Te Araroa = TA)」を南から歩いているという。僕が歩いているルートの一部もこのTAに含まれているのだ。以前このTAを歩いているという日本人カップルに出会ったが、彼らの話を聞いていると僕もいつか挑戦したいと思ったものだ。全体で少なくとも5ヶ月は必要なルートではあるが、中には分割している人もいる。この彼女がどういう風に歩いているかまでは話していなが、若い女性が1人で長いハイキングに挑戦できるこの国の寛容な雰囲気が羨ましく思えた。

ここからはメイントラックを外れ、ブルーレイクへ向かうサイドトリップだ。トラックは谷沿いを行く緩やかな登りだった。谷はどんどん狭まっていく。一体どんなところにブルーレイクがあるのだろうか、と想像を巡らしながら先へ進んだ。それからしばらくして森の中にブルーレイクハット(Blue Lake Hut)が現れた。思ったよりも早い到着だった。連泊している人がいるくらいで、他には人はいなかった。ひと段落して、歩いてすぐのところにあるブルーレイクを見に行った。

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いよいよ世界で一番透明な湖を見る時が来たのだ。周りは森に囲まれ、まだ見えない。すると、目の前に湖が見えてきた。

「お、これが!?…あ、青い。」

湖は透明ではなく、青々としていた。ブルーレイクと呼ばれるからもちろんだろうが、僕は「透明」という言葉にイメージを傾けすぎたようだ。しかしよく見ると水はとてもきれいで透き通っていた。底もよく見える。なんだかプールみたいだ。プールみたいだ、というのは湖にとっては最上の褒め言葉かもしれない。正直泳いでみたいとも思ったが、入らないようにと湖畔の看板が呼びかけていた。マオリ族にとって神聖とされている場所のようだ。湖はそんなに大きくはなかった。しばらく湖の周りを歩き、いろんな角度からこの「世界一透明な湖」を眺め、その美しさを味わった。

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ブルーレイクを十分に味わった後、まだ時間があったので少し先まで歩いてみることにした。途中急な登りになったが、荷物がなかったので楽に登ることができた。眼下にブルーレイクが見えた。

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登り切るとトラックは緩やかになり、開けた場所にたどり着いた。僕は突然現れた景色に息を飲んだ。そこはまるで「ロードオブザリング」の世界のような景色が広がっていたのだ。僕はこの予想外の景色に思わず興奮してしまった。僕はその景色の中をゆっくりと歩いていく。まるで異世界に迷い込んだかのようだ。もしかしたらあの奥には城でもあったりするのではなかろうか。

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しばらく先を歩くと、ブルーレイクよりもはるかに大きな湖が見えてきた。この湖もきれいで青々としていた。ふと周りを見渡すと、山の上から人が歩いて下りてくるのが見える。おそらくこの山の向こうにTAのルートが続いているのだろう。いったいこの先にどんな風景があるのか。もしかしたらもっと圧巻の風景が広がっているかもしれない。ますますTAへの思いが強まる。もっと周りを散策したかっが、分厚い雲が現れ日も陰ってきたのでハットへ戻った。

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その日は12個しかないベッドはほぼ埋まっていた。今はシーズンオフだが、シーズン中は混み合うことが容易に想像できる。概ねみんな静かで暗くなると寝ていたが、カップルがヒソヒソ話でずっと何かを喋っていた。言葉は英語ではなかったためわからなかったが、言葉の感じから何か言い争ってるようだった。ヒソヒソ話ではあるが、静かなハットの中では大きく聞こえた。他の人がどう思っているかはわからないが、寝ようとしている僕にははっきり言って不快だった。やれやれ、と思って僕は耳を塞いだ。

このハイキングを終えてしばらく後のことだが、ニュージーランドのハイキング雑誌のブルーレイクハットで起きた出来事についての記事を読んだことがある。ニュージーランド人の若者2人がハットチケットも持ってないのにベッドを占拠し、自分たちはテントを持っているにもかかわらず、ベッドのない人にベッドを譲らなかったのだ。その上彼らに物申した女性に悪態をついたという。僕はニュージーランド人がこんなことをするなんて思っていなかったので驚いた。多くのニュージーランド人ハイカーは自分たちの国の自然を誇りに思っているように見え、マナーもいいなと感じていたからだ。

ブルーレイクは次第に有名になっているようで、これからますます多くの人たちが訪れるだろう(僕もそのうちの一人であることは認めざるをえない)。そしたら人との距離は近くなり、トラブルも増えるだろう。マナーを守らない人も多くなるかもしれない。すると山歩きが好きなニュージーランド人はそういう場所には行かなくなる。すでに有名なハイキングコースを避けている人も少なくないようだ。僕が知っている山歩き好きのニュージーランド人も、人が多いからミルフォードトラックや他の有名なトラックには絶対行かないと言っていた。ブルーレイクもそのうちそのような場所になってしまうのだろうか(自分はよその国の人間なでどうこう言えた立場ではないのだが…)。


DAY4:Blue Lake Hut to Sabine Hut

朝方少し雨が降っていが、歩いてるうちに晴れていった。昨日歩いたトラックを戻り再びメイントラックを歩く。この日歩くトラックは谷に沿って川沿いを歩くだけなので高低差もあまり無い。大したことはないと思っていたが、地面はぬかるんでいて思ったよりも長い道のりだった。

セバインハット(Sabine Hut)についたのは午後の早い時間だった。ハットには「朝起きたら体が動かなくてさ」と、もう1泊することにしたハイカーがいた。

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セバインハットはロトロア湖(Lake Rotoroa)の目の前にあり、ゆったりと午後を過ごすには最高の場所だった。僕はハットから少し離れたところで湖に入って泳いだ。冷たくて気持ちよかった。

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しばらくすると2日前に別のハットで会ったアメリカ人カップルがやってきた。彼らはブルーレイクまで行かずに、途中のハットで泊まってここまできたようだ。

夜外に出てライトで湖面を照らしてみると、大量のうなぎがウジャウジャいるのが見えた。正直言って気持ち悪かった。僕は黙っていたが、一緒にいたアメリカ人カップルの彼女の方が僕に「日本人ってうなぎ食べるんでしょ?」と聞いてきた。僕はドキッっとしてしまい、「そうだね…」と小さく返事をするぐらいが精一杯だった。


DAY5:Sabine Hut to Angelus Hut

この日は以前訪れたことのあるアンジェラスハットまで歩く。アンジェラスハットまでのトラックはセバインハットのすぐ裏から始まっていた。最初から急な上りだったので、前日にたまたまそのトラックを見た僕は思わず笑ってしまったくらいだ。

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しばらくはブナの森の中をひたすら登り続けていたが、突然木はなくなりむき出しのルートになった。あたりは低い草に覆われていた。振り返ると眼下にはロトロア湖がよく見えた。

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次第に雲が出てきて、稜線の上では風が強くとても寒かった。ニットキャップを被って、ジャケットのフードも被った。すれ違ったハイカーも厳しい表情をしていた。

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稜線を外れ緩やかな下りを歩くと、湖が見えてきた。湖畔にはアンジェラスハットが佇んでいた。比較的早い時間に着いたので、ハットには誰もいなかった。以前来た時は気持ちよく晴れていて、その静けさと周りの景色の美しさに見入ってしまった。この日はほんの少しだけ青空が見えたが、また雲に覆われてしまった。残念ながら前回ほどの景色は望めそうもない。

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午後になると続々とハイカーがやって来た。このハットは景色が素晴らしく、1泊2日で来れるので割と人気なようだ(以前僕が来た時はデイハイクだったが)。老若男女国籍問わず様々な人々がやって来た。しかし、午後になるにつれ天気は荒れていき、かなり強い雨になっていった。そんな中でも歩いてくる人がおり、ずぶ濡れになっていた。早くも暖炉に火が灯される。身をガタガタ震わせながら、冷えた手を必死に温めている人もいた。夜になっても天気は荒れていていた。翌日も同じような天候だったらもう1泊しようと考えていた。嵐の中のハットは人も多いせいか賑やかだった。


DAY6:Angelous Hut to Visitor Centre

翌朝は晴れていたので、小屋の周りを散歩してみた。ハットから見えた山の山頂に登ろうと思ったが、次第に雲が出てきたのでハットへ引き返した。

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朝食を食べてハットを後にした。今日は割と遅めの出発だった。この日歩くトラックは一度歩いたので、どういう感じかはわかっていた。

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途中晴れてきたが、また再び雲が出てきた。次第に標高も下がってくる。「もう少しでゴールに着いてしまう。もう少しこの自然の中を歩いていたい」と思い、ゆっくりと歩いた。所々で遠くに見える山々を惜しむようにように眺める。そして5日前に出発したロトイチ湖が再び眼下へ見えてきた。

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午後になって雨がぽつりと降り始めた。歩く速度が早くなる。そしてやっと出発した場所に戻ってきた。車は特に何事もなく僕の帰りを待っていた。重いバックパックをおろし一息ついた。やった、歩ききった。これで6日間のハイキングが終わった。なんだか夢から覚めた気分だった。

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今回のハイキングは僕のニュージーランドで歩いた中でベストハイキングだと言ってもいい。ケプラーやルートバーンなどの有名なトラックも歩いて景色は素晴らしかったけど、いつもハットやキャンプサイトは混んでいた。その分トラバースセバインサーキットはあまり人もいず(時期もあったのかも)、のんびりと時間をかけて歩いたので楽しむことができた。何よりも「世界一透明な湖を見に数日かけて歩く」というのはなんだか探検のミッションのようでワクワクした。

やはりまだあの「ロードオブザリング」の世界のような風景の先に、どんな風景が広がっているのか気になる。またいつかここに戻ってきて、見に行きたい。そんな思いを抱いて僕はネルソンレイクスを後にした。

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(ネルソンレイクス国立公園:2018年4月)

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