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「縄文短歌」宣言⁉

 皆さんは、アイヌ民族を代表する文学者であった知里幸恵さんのことを知っていますか?今年、2023年は幸恵さんの生誕120周年を記念する年です。幸恵さんは19歳という若さで「アイヌ神謡集」という一冊の本を残して亡くなりました。その本は、アイヌの物語の語り部であった祖母や伯母から幸恵さんが伝え聞いたアイヌ神謡(カムイユカㇻ)をローマ字で書き起こし、それに日本語訳をつけるという形をとっています。アイヌの人達は、自らの生活に密接にかかわるフクロウや熊などの動物、山菜や木々などの植物、火や水や山や川、そして道具にさえも魂がやどっていると考え、人間とともに暮らしているそれらの存在をカムイと呼びました。そして、神謡集に集められた13編の神謡は、どれもフクロウや狼といったカムイの視点から一人称で語られた物語であることが、その大きな特徴となっています。
 ところで、縄文人とアイヌの人々との関係を皆さんは考えたことがありますか?ここでは、「アイヌの人々は縄文人の直系の子孫である」と言い切っておきたいと思います。(これに関してはいつかnoteに書く機会があるかのしれません)そうであれば、縄文人の心を知るためには、アイヌの人達がどういう物の見方をしていたのかを知る必要があります。それは、アイヌ神謡集を読めばわかるように、主体が「私」を離れてカムイに移り、そのカムイの視点からものを見ることができるような心のあり方です。すなわち、縄文人はアイヌの人達と同じように、視点を自由に動かしながら、時にはカムイになりきってものを見つめていたのだと思われます。
 ここで私が始めようとしているのは、視点を自由に移動することによって見えてくる世界を短歌にしてみようという試みです。その名も「縄文短歌」。その試みが成功しているか否かは、皆さんにご判断いただくとして、今日ここに宣言します!
発進‼「縄文短歌」


発進‼「縄文短歌」
カムイから見える僕らはどんなかな? 教えてくれるアイヌ神謡
 
梟の神が唄いし神謡は〈金の滴降る降るまわりに〉
 
西洋と「日本」を知った人として滴残した知里幸恵さん 
 
一冊の本を綴って逝きし人 十九歳で‼ 信じられます?
 
金色の滴つらねた「神謡集」降る降る場所に花を咲かせて
 
オレたちも言いたいことがあるんだぜ‼ それを伝えるアイヌ神謡

カムイらの言葉を運ぶ舟として発進したよ〈縄文短歌〉

アイヌ犬のメリちゃん
首をあげ遠く見つめるメリちゃんの瞳に映る白き大地よ
 
まん丸の月がお山にダイビングするのを見つつメリと散歩す  
 
まん丸の月にはまったく興味なしご飯の皿は離さぬくせに  
 
腰下げてメリが路面に描いたのは北の大地のかたちでしょうか?
 
尿放ち意気揚々と胸を張るメリよ確かに北海道(アイヌモシリ)だ
 
夕食をいっき食いしてゲップする乙女の姿しばし眺める
 
首筋に顔を埋めて香をかげば乙女の香り獣の匂い
 
メリと蜂
私には蜂が目の前よぎったら追っかけしちゃう性(さが)があるのよ
 
追っかけて押さえたときはルンルンで狩った獲物を食べてみました
 
電撃が走ったときは遅かった尻もちついてよだれダラダラ
 
泣いている私を抱いて仁王立ち 父よあなたは強かった…かな?
 
メリちゃんを胸に抱いた父さんは荒野目指さず獣医を目指す
 
血相を変えたあなたの顔を見て扉を開ける獣医さんです
 
なりふりをちっとも構わぬお父さん メリはあなたの娘なんだね

 


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