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ジュゲム

「オレ、最近、ペットを飼いだしたんよ」
「へー。犬?猫?」
「犬か猫かは分からへん」
「ど、どういう事?」
「ざんざん降りの雨の日にさ。公園の片隅の段ボールの中に入ってたソイツと目があってさ。もう、オレの中の『かわいそう』と『かわいい』がキュンキュン暴走して、気が付いたら家に連れ帰ってもうててん」
「あー。雨の中で心細そうにしている子犬?子猫?ってのはたまらん守ってやりたくなるからなー。気持ちは分かるよ」
「せやろ? まぁ、子犬でも子猫でもないけどな」
「公園の片隅の段ボール箱の中言うたら子犬か子猫が相場やけど、何が入っててん? オマエは何を家に持って帰ってん。なに?イグアナとかフェレットとかちょっと変わったペットなん?」
「大きさはこれくらいや」
「ふんふん。猫かチワワくらいの大きさやね」
「ほんで、毛むくじゃらや」
「まー、日本のご家庭で飼われているペットの多くは毛むくじゃらやな。最近ではカメとか蛇とかを飼う人もいるらしいけど」
「毛の質感はフワフワっぽくもあり、ごわごわっぽくもあるねん」
「まー、捨てられとったからな。ごわごわしとる部分もあるんやろ」
「ほんで、にゃーんって鳴く」
「猫やん」
「わんって鳴く時もある」
「あれ?犬やな」
「ウホってため息つきよる時もある」
「え?ゴリラ。え?ため息、どういう事?」
「ほんで、尻尾らしき部分をゆらゆら動かしよんねん、どうやら喜んでる時には」
「うん。ペットに癒されるってそういう時やな。分かる、分かるよ。でも、オマエが飼ってるその動物がなんなのか、それが分からへん。なんなん?犬なん?猫なん?ゴリラなん?」
「こんな小ささのゴリラはないやろ」
「せやけど、ウホってため息つく言うたやんけ」
「とりあえずゴリラではないわ。たぶん」
「たぶんってなんやねん。犬か猫か。ペットの種類なんて見たら一発で特定できるやろが」
「とりあえず、これくらいの大きさのフワフワのゴワゴワの毛むくじゃらのにゃんとかわんとか鳴くヤツやねん」
「なんなん。オマエ、ペットという概念を拾《ひろ》たんか」
「概念て。ちゃんと名前は付けたったで。ジュゲムて」
「そんな訳の分からん概念みたいな存在に、そんな長生きするような名前つけてええんか? ってか、親はなんも言わへんかったん?『そんな訳の分からないモノを飼う訳にはいきません!』とか反対されへんかったん?」
「反対はされたよ。『毛の生え代わりの時期になったら家の中毛だらけになるやないの』とか、『家がケモノ臭くなるしアカン』とか、『そんな犬か猫かよぉ分からんようなあやふやなもん、どう可愛がったらええんか分からへん。元の場所に捨ててこい』とか色々言われたわ」
「家族が見ても正体不明なんや、ソイツ。犬なんか猫なんか、誰も特定できてへんやんけ。そら、捨ててこい言われるわ」
「オレらがそうやって、ジュゲムを飼う、飼わへん、捨ててこい、イヤや言うてやりおうとったらな。そこに強盗がやってきてん」
「えぇ? なにそれ、唐突」
「オレらもビックリしたよ。真剣に家族会議やってるそこに、『オラー!金出せ、金!』言うてデッカイ包丁を振り回す男が現れたんやしな」
「そら、ビックリするし、呆然としてまうわな」
「せやねん。オトンもオカンもオレも動かれへんやん。そんな状況脳が追っつかへん」
「せやろな。そういうもんかも知れへんな」
「その時や。ジュゲムがジュルリと涎を垂らしたかと思うとその強盗に立ち向かって行ってん」
「おぉ!まだ飼われるか捨てられるか分からへんのに、番犬として頑張りよったんや、ジュゲム。勇敢やんけ。ええやん、そんな勇敢なヤツそりゃもう飼わなアカンな」
「ジュゲムはその強盗に向かって飛びかかって行って」
「うんうん」
「ガバーってその強盗を」
「うんうん」
「丸ごと一呑み」
「え、えぇ!?」
「ゴクンって喉を鳴らしたかと思うと『ゲェーップ』ってくっさいゲップを吐きよった」
「え、えぇ!?」
「ほんで、何事も無かったかのように家族会議は再開されるわな」
「え、え、ちょっと待って、ちょっと待って。強盗はどないなったん?」
「オマエ、ちゃんと話聞いてた?」
「聞いてたけど、聞いてたハズなんやけど、理解出来へんねん。強盗がどうなったんか、教えてくれや」
「強盗は」
「強盗は?」
「ジュゲムの腹ン中や」
「ジュゲム、強盗を食いよったん? ジュゲムてチワワサイズて言うてへんかった?どうやって強盗を丸呑みに出来るねん」
「そう言われてもなぁ。丸呑みにしよったとしか言いようがないねん」
「え、強盗が小人やったとか、そういうこと?えらいメルヘンな事を言うてるけど、オレ」
「イヤ、強盗はオレと同じくらいの体格の男やったで」
「それを、一呑み」
「うん。『うわー、なんか悪魔みたーい』って思ったよ、その時、オレは」
「悪魔。犬とか猫とかじゃなくて、悪魔を拾《ひろ》て飼い始めたいう話なん?」
「ほんで、家族会議再開や。唯一の飼う派であったオレのテンションはだだ下がりやで。『飼おうよー。ジュゲムを家族に迎えようよー』って気持ちはシュルシュルシュルシュルってちっちゃくなってしもて、『元の公園に戻してこよか』なんてオレの方から言う始末や」
「そらそやろ。そいつはもう、犬でも猫でもないわ。悪魔か怪獣か妖怪かなんかやで。ヤバいヤバい。はよ捨ててこな!」
「せやねん。でもな、『飼うのヤメ』とか『捨ててくる』とか言いかけるとジュゲムは『ガルルル』って吼えよんねん。トラとかクマみたいな凄みのある声をその腹の底から出して来よるねん。ほんで、『やっぱり飼おう』とか『捨てるなんてアカンよな』なんて言いかけると子犬みたいに『くぅーんくぅーん』って甘えるように鳴きよるねん」
「えぇ?」
「そんなん、もう、飼うしかないやん」
「マジか、オマエ」
「そんな訳で、我が家にジュゲムという家族が増えました」
「まぁ、家族言うて受け入れてるんやったら、オレに言う事は何もないけどな」
「せやし、いっぺん、うちに来ぃひん?ジュゲムを見に」
「興味はあるねんけどな。犬なんか猫なんか怪獣なんか見極めたいし」
「せやろ?ほんならおいでぇな。ジュゲムもきっと喜ぶと思うし」
「わかった、今度の日曜にでも行くわ」
「うん。おいでおいで。でも、一つだけ守って欲しい事があるねん」
「何?」
「整髪料とか香水とかにおいの強いものは付けてこんといて欲しいねん」
「あぁ、なに?ジュゲムはそういうにおいに敏感で拒否反応を示しよんのか」
「せやねん。せっかく飲み込んだエサでもにおいのせいで吐き出したりしよんねん」
「え、エサ?オマエ、オレをジュゲムの餌にしようと思《おも》てんの?」
「ウソウソ。冗談やんか。友達をペットの餌にするとかそんな訳ないやん」
「せやんな。それは有り得へん話やわな」
「うん、でもニオイ系は控えてな。ジュゲムが吐き出して半分溶けたオマエとか見たくないし」

-了-

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