私のキャリアプランは渦潮型③
私はロンドン出身だが、生まれと家族の拠点は徳島だ。気づけば自分の将来像の描き方が、どことなく故郷の渦潮に似ている。常に新しい流れを取り入れながら回転し、ゆっくりどこかへと動く。(②の続編です)
キャリアプランならぬ「生き方プラン」
ワクワク人生を叶えるために起業家になろうと思った私は、とりあえずMBA受験をして合格した。ただ、その先が見えなかった。人生のヴィジョンは描けたかもしれないが、道筋が見えなかった。
そこで、いわゆるキャリアプランを作成し始めるのだが、色々と腑に落ちない点が多かった。「仕事」という要素には「職場への距離」「勤務形態や勤務時間」など、生活に直結する要素も多い。それもあってか、キャリアだけにフォーカスしたプランを立てることに違和感を覚えた。
そこで、起きている時間全てに関して、人生の方向性とアクションを考えてはどうか、という発想に至った。
キャリアプランではなく「生き方プラン」
目先10年どころか5年が限界
①でも書いたが、私は自分の人生の目先10年くらいのことは容易に想像できる(気がしている)。ただ、それでは短期的な目線でしか行動しなくなると26歳の時に気付いたので、今書いている通りの練り直し作業が始まった。
なのに、「生き方プラン」という新たな視点でアクションプランを立て始めたら目先5年くらいしか具体的なアクションが浮かばないことに気付いた。
MBA後のアクションプランはこんな感じだった:
1〜5年後
1. MBAを卒業する
2. 日本以外で働く経験が欲しいので、外国で就職
3. 金融機関以外の業界(できればコンサルティングかITで就職)
4. 日本または海外で起業
5. その間、結婚したければする。
6. アマチュア・ヴァイオリニストとしてコンサート活動をする
これでは、何も変わらない。結局長期目線で描けない…
渦潮型のアクションプラン
結局、モヤモヤなジレンマに対する解が見つからないまま私はフランスへ留学し、卒業した。そして、卒業時から、早速プランから外れた。
まず、日本で就職をすることになった。(本当は外国で働きたかった)。
シンガポールにある会社からも内定をいただいていたものの、日本のオファーの方が仕事が面白そうだったからである。
もう一つは、留学時にヴィーガンのライフスタイルを実践するようになった。この事で「起業したい」の中身がうっすら見えてきたと言っても過言ではない。
最後に、留学中に実に多くの同級生や卒業生に会い、夢が広がった。人生で成し遂げることのできることの可能性に触れたからか、とにかく会う人会う人が素敵だったからかはわからない。彼らに会って「自由で、稼げて、楽しく生きる、は実現できる」と確信したのだった。
そんなことで、アクションプランが泡となって消えたと同時に気付いたことがあった。
まるで故郷の渦潮のように、ゆっくり進みながら、何かを手放したり、新しいものを取り入れたり。
そもそもそんなにかっちりと何年も先まで決める必要はあるのだろうか。
今の「プラン」
今は先を見ながら「今」と「来年」「再来年」くらいを考えるようにしている。なんとなくだが:
ヨガと栄養を勉強する(1、2年後)
上の娘が小学校に入る前にイスラエルに移住(あと3年後)
それまでにEkolokalのエコマップを作成・ローンチ・収益化
イスラエルと日本の掛橋となるコンサルをする(3、4年後)
起業家を支援する仕事をする(5年後)
このために今やっていること:
2023年1月からのヨガトレーニングを見据えた体づくり
ヘブライ語の勉強
栄養学の資格に関する情報収集
教育方法や学校に関しての情報収集(これはぼちぼち)
Ekolokalを本業としてまとまった時間を使う
ちょっとずつ回す、渦潮のように。
行動を調整しながらどこかに向かって動いている。
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