被害者の方との示談

11月の上旬に元夫は逮捕され、逮捕直後に示談交渉に弁護士が入ってくれたが、当初から一貫して


示談には応じる気は全くありません


というのが被害者側の変わらぬ思いだった。


被害者側の気持ちが私には痛いほどよくわかった。


自分が逆の立場だったとして


「お金で解決しませんか?」


と打診をされても


「はぁ!?」


で、お金で解決するような問題じゃないでしょう!!そうじゃなくて反省してんの!?被害者側の人間性をなんだと思ってんの!?


と思われて当然だ。同じように思っていたかどうかはわからないけれど、少なくとも私ならそんな風に思う。


弁護士から、被害者側が起訴決定までに示談に応じれば不起訴になる可能性もなくはない、と聞いていたがそれは難しいだろうな、と思っていた。


実際に起訴されて、第一回の裁判があり、2回目の裁判で私の父が情状証人として証言をしたり、元夫も弁護士に質問されたことを答えていた。


父は、法廷で見た元夫が被疑者として腰ひもでつながれ、散髪などが出来ていない姿に衝撃を受けたようで


散髪をしてスーツ等を着て身ぎれいにして出てくるべきだ


みたいなことを裁判から帰ってきてから言っていた。


それは物理的に不可能だ。


保釈されている人なら可能だろうけれど、拘留されている人にそれはかなわない。


考えればわかるだろう、と少し思ったが何も言わなかった。


とにかく裁判に出廷すること、証言すること、は父には負担が大きすぎた。


現在、弁護士サイドとして加害者サポートの一環で裁判を傍聴することもある。


1回目の傍聴の時は父に負わせてしまったことを心苦しく思った。


負わせてしまった、という事実に対しては申し訳なさと感謝の気持ちでいっぱいであるが、負えない荷物なら最初から「それは無理」という必要があるよね、ということが今になってようやく理解ができる。


「あなたを守りたいから私がその痛みを肩代わりします」➔実際に対応してみて「あなたの代わりに頑張ってみたけど手に負える代物ではなかった、現状は思ったより深刻で、こんなこともあんなこともあった、体調は悪くなるわ、こんな現実もあんな現実もあったで」とストレスを私にぶつける。


なかなか残酷だ。


やれないなら、後で文句を言うくらいなら最初からやらない決断をしたほうがお互いのためにいいと思う。


お前ならやれるはずだ、と信じて、精いっぱい立ち回る私をサポートしてもらったほうがよほどよかった。


終わった時間を取り戻すこと、過去を変えることは出来ない。


ぶつけた人にとっては忘れてしまうような出来事かもしれないが、精いっぱい対応した側にとってはやせ我慢のネタが増えただけ。


ただただ周りの人に対する罪悪感だけが育っていく、自分が何かをしたわけではないのに・・・・・


知らんがな!!


と思うことが出来たらどれだけ楽だっただろう・・・・・


そう思える力が当時の私にはなかった。


今は思う、元夫は自分の意思決定で犯罪行為をした。


その事後処理を私及び父がやった。


自分のせいだ・・・・・


とずっと自分を責めてきた。


元夫があんな事件を起こさなければ・・・父として自覚をもって生きていてくれていたら・・・


元夫のことも自分の中でずっと責めてきた。


でも、私は私の人生を生きていく、元夫とは事件から半年後に離婚をしたので元夫は自分の人生を生きていけばいい。


そこを分離させることができずに長い時間を過ごしていたことにずっと気が付くことができなかった。


自分の中ではとっくに終わったことだと思い込んでいた。


元夫が幸せならそれでいいんじゃないか


そんな風に思えていると長い間ずっと思い込んでいた。


しかし、自分が自分に背負わせた十字架は10年間、気づかぬうちに自分と一体化していた。


そして、自分と一体化している十字架を


おろして前に進むんだよ


って言われているような出来事がたくさん起こった。


おろしてもいい


頭ではわかってもなかなか難しい作業だった。


自分の中にある罪悪感、憎悪、嫉妬など封印してきた感情を認め、あけ放ち、手放す


言うのはとても簡単、でも実際にそれをやり遂げるのはとても大変。


だけれど、苦しくても逃げずにやり遂げたい!やり遂げよう!!と思った。

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