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やりたいことと、すべきこと。

やりたいことと、すべきこと。そのせめぎ合いの毎日で、どちらを優先するかといえば、大抵すべきことを優先する。

やりたい事が、今日もできなかった。という不満のカケラが積もると、いつもと違うことが刺激的で魅力的に見える。「すべきこと。」は、全然魅力的でもなければ、当たり前すぎて刺激的でもなくて、退屈。料理に、掃除に、洗濯に、やってもやっても、また増えて。いつになっても終わらないんだから。

だからいつの日だったか、思い切って「やりたいこと」しかしない日を過ごした。欲しいものを欲しいだけ買って、ダラダラ過ごして、最低限の仕事だけして。そうしたら、「すべきこと」が無性に気になった。片づいていない家のこと、頼まれていた手続きの書類、何の工夫もないけど、いつものお味噌の味。

「すべきこと」の中には「したいこと」がたくさん含まれていた。


 日々の生活の中で、私たちは常に「やりたいこと」と「すべきこと」の間で揺れ動いている。多くの場合、私たちは「すべきこと」を優先する。なぜなら、それが社会的な期待や責任に応えるためだからです。しかし、その結果として「やりたいこと」が後回しにされ、次第に不満が積もる。

 ある日、私は思い切って「やりたいこと」だけをする日を過ごしてみた。欲しいものを買い、好きなだけダラダラと過ごし、最低限の仕事だけをこなして過ごした。その瞬間は確かに楽しかった気もするけど、次第に「すべきこと」が気になり始める。

 片づいていない家、未処理の書類、そして何の工夫もない食事。これらの「すべきこと」は私の生活を支えている大切な要素であることに気づいたから。

 「すべきこと」の中には、「したいこと」がたくさん含まれていた。

 例えば、料理をすることは、家族や自分自身への愛情表現だったり、掃除や洗濯は、快適でいるための準備。

 結局のところ、「やりたいこと」と「すべきこと」はバランスを取りながら、どちらもわたしを支えてくれている大切なものたちに変わりはないのだ。

 身近なすべきことに、退屈の雲がかかってしまったのは、遠くを眺めてばかりの私の目に曇がかかっていたからかもしれない。

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