見出し画像

米国の石油生産に暗雲 シェールオイル開発が停滞 「親子問題」で生産性低下が顕在化

中東では、今年の春頃から石油タンカーや石油設備が何者かによって攻撃されるといった事件が多発している。その度に聞こえてくるのが「中東がだめになっても、米国のシェールオイルが増産されるので問題ない」という論調である。

米国は2018年にサウジアラビアを抜き世界最大の産油国となり、今年6月に一時的にではあるが輸出量も世界一となった。こうした報道を目にすると、米国の石油生産の将来は盤石であるかのように思えてくる。しかし、実は最近の米国の石油業界ではこのような見方に変更を迫る話題が急激に増えている。

実際、米国全体の石油生産量は昨年11月頃よりほぼ横ばいで、今年5月をピークに6月、7月とわずかに減少している。7月の減少はハリケーンの影響が大きく、8月以降は増加しているとは言え、昨年までの勢いがなくなっていることは確かである。

そして、最も重要なのは、過去10年間の世界の石油生産の増分の殆どを担ってきた米国のシェールオイル(石油工学的に正しい呼称は「タイトオイル」)生産の行方である。特に、「パーミヤン」と呼ばれる地域は他の地域を圧倒する生産量の伸びを示しており、絶対量としても8月にシェールオイル生産全体の半分を超えた。新しい開発エリアはずっと出現していないので、今やシェールオイルの未来はパーミヤンに委ねられていると言っても過言ではない。

現時点でパーミヤンの生産量自体は継続的に伸びていて、米国全体の石油生産の停滞の原因にはなっていない(全体の停滞の要因は、主に原油価格下落による海底油田の生産減が大きい)。しかし、今年は昨年までとは明らかに異なることが起きている。生産性が急激に悪化しているのである。

シェールオイル開発において、生産性(生産開始後30日間の井戸あたりの生産量)の向上は、原油価格の下落などの悪条件を打ち負かす、「シェール革命」の技術革新の象徴である。実際、2015年まで年率30%を超える輝かしい向上を継続してきたが、2016年以降急落。2019年の業界の予測は10%とされていたが、産業調査会社のレイモンド・ジェームズ・リサーチによると2019年上半期はわずか2%まで下落したと指摘している。

この生産性の低下は、特にパーミヤンにおいて顕著で、生産開始後90日間のデータでは、2019年上半期はパーミヤン平均でマイナス10%にまで落ち込んでいるという。

スクリーンショット 2020-01-03 19.00.05

生産性低下の原因の一つとして考えられているのが、近年シェールオイル開発で話題になることが多い、いわゆる「親子問題」である。

シェールオイル開発において、通常最も有望と考えられる場所に最初に井戸を掘った後、それを「親井戸」として周辺に「子井戸」を多数掘り広げていくというプロセスをとる。しかし、子井戸は親井戸と殆ど同じ地質条件のはずなのに、期待される程の石油が掘れないということがあったり、子井戸を掘ることで親井戸の生産量が低下することがある。そのような、生産のいわば「共食い」状態を、親子問題と呼んでいる。

親子問題は、親井戸と子井戸の距離が近すぎるために地下で干渉が起きて、圧力の低下などの悪影響が出ると考えられている。しかし、開発業者は地主から得た権益の範囲内で出来るだけ多くの生産を得ようとするため、限られた土地の中で高密度に掘ろうとしがちである。しかも、昨年から資本市場はシェール開発投資から引き上げていて、手元で数を増やすという安易な賭けに頼らざるを得ない。

世界石油工学技術者協会(Society of Petroleum Engineers)が発表したレポートによると、パーミヤンにおいて子井戸は親井戸に比べ15%から50%生産量が少なくなると報告されている。また、Rystad社の調査によると、子井戸の生産によって親井戸の生産量が10%から12%減少していると指摘されている。

既にパーミヤンの半数以上が子井戸からの生産と言われていて、今後その比率はますます増加すると考えられている。そして、パーミヤン以外の地域では子井戸の比率は既にもっと高い。

開発業者は「親子問題」を回避するために、従来より狭めてきた親井戸と子井戸の距離を、反対に広げ始めつつある。だが、エネルギーコンサルタント大手のウッドマッケンジー社は、この問題によるパーミヤンの生産量の下振れリスクは大きく、パーミヤンの生産ピークは従来の予想から4年前倒しの2021年になる可能性があると指摘している。

そして、同社によると、埋蔵量評価は30%減少し、失われる生産量はリビア一国に相当する日量150万バレルにもなる恐れがあるという。

資本市場が引いてしまっている現在、シェールオイル開発が持続するためには、原油価格が高騰するしかない。しかし、世界経済に暗雲が漂い、中東の地政学リスクに対する原油価格の反応は鈍い現状をみると、余程の事態が起きない限り原油価格が上がるとは考えにくい。パーミヤンの生産ピークが予想より早く訪れてしまった場合、我々は石油生産の希望をどこに見い出せばよいのだろうか。
(EP Report 2019年10月21日 1965号 より転載)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?