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欧州が望むパイプライン建設を巡って米独が対立

ロシアから欧州に向けて建設中の天然ガスパイプラインを巡り、米国とドイツの間で対立が深まっている。12月9日、米国の上院および下院の軍事委員会は、ロシアからバルト海を経由してドイツへ直接接続する天然ガスパイプライン、「ノルドストリーム2」の建設に関与する企業への制裁を含む国防権限法(NDAA)について合意した。一方、米国のこの動きに対し、ドイツから強い反発の声が上がっている。

他国同士の経済活動への露骨な介入ではあるが、米国がロシアの欧州への影響力強化を懸念して、この様な制裁を行うという意図は理解できる。そして、欧州も基本的にはロシア依存が拡大するのを避けたいはずだ。

それでは、なぜドイツや欧州がこのパイプラインが必要とするのか。そこには3つの背景がある。

まず、このパイプラインの構想が産まれたのは、独シュレーダー政権の頃である。シュレーダー首相は2001年にドイツで初めて脱原発を決断。そして、その後2005年にロシアのプーチン大統領との間で最初の「ノルドストリーム」の建設に合意している。つまり、このパイプライン構想は元々ドイツの脱原発とセットだった。そして、第一のノルドストリームは2011年に完成し、いまやドイツのロシアガス依存度は30%に達している。

現在のメルケル政権は、元々はシュレーダーの脱原発政策に反対する路線だったが、福島原発事故を受けて一転、2022年までの脱原発を決定した。さらに、現在では2038年までに石炭火力発電の停止も決めており、ドイツとしては更に安定的な天然ガスの供給を必要としている。

2つ目に、2005年から2009年にかけて度々発生した、ロシアとウクライナの間の天然ガスの供給・価格をめぐる紛争がある。ウクライナはロシアから欧州に向けたガスパイプラインが最も多く通過する国である。国際的にはロシアが政治的意図により供給を止め、ウクライナが被害者であるという印象が強いが、ビジネス面ではウクライナがガス料金の未払いを続けながらガスの抜き取りを行っていたのであり、むしろロシア側が被害者とも言える。

2国間の争いの余波で、一時供給がストップするなどの被害を受けた欧州各国のなかで、問題を起こしがちなウクライナを迂回するガスパイプラインを求める声が強くなっていた。

そして3つ目の背景として、欧州の天然ガス生産量が減少し続けているということがある。

欧州では、2003年頃から域内の天然ガス生産量が減少を続けている(図)。英国が開発してきた北海ガス田は老朽化が進み、オランダにある欧州最大のガス田であるフローニンゲン油田は2022年に閉鎖する予定だ。

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ノルウェーはこれまで生産量を伸ばしてきたが、2018年は1,206億立法メートルと前年比で2.1%減少しており、生産量のピークも間近とみられている。つまり、欧州全体としてますます域外からの天然ガス供給を必要としている。

ロシア以外にも、アフリカ北部や米国からのLNG(液化天然ガス)供給を増やすという方法もあるが、やはり安価で安定したパイプラインによるガス供給は堅実な選択肢となる。

ノルドストリーム2の最大流量は「1」と同じ550億立法メートルで、完成すればロシアからドイツへの天然ガス供給は倍増する。計画では2020年稼働予定である。とはいえ、欧州の中でもロシアからのガス供給を拡大することについて意見の対立がある。ノルドストリーム2の建設を巡っては、ドイツやベルギーなど、直接の恩恵が大きい国々は賛成の立場だが、フランスやデンマークなど、元々ロシアガス依存度が低い国は慎重な姿勢を示していて、長らく対立が続いていた。ところが今年2月、突然フランスが条件付きで建設を容認する立場に回り、流れが変わった。

デンマークは領海をパイプラインが通過し、敷設認可を最後まで拒否していたが、2019年10月、ついに承認を決定。遅れていた建設は進み、2,400 kmの総延長のうち残り140 kmを残すところとなっていた。
そうした中での、米国の制裁である。より具体的には、コンクリート被覆パイプを敷設できる数少ない事業者であるスイスのAllseas社に対する制裁で、制裁が実行されれば、同社の幹部のビザが拒否され、ドル経由の取引が停止される可能性がある。

米国のこのような動きを受けて、独キリスト教民主同盟のヨアヒム・ファイファー議員は、「もはや米国による非友好的な行為ではなく、同盟国とヨーロッパ全体に対する敵対的な行為である」と強く非難した。

また、米国がパイプライン建設に制裁を課す理由として、ロシア依存から欧州を守りたいという従来からの理由以外に、米国産のLNGをより多く欧州に輸出したいという意図があるという見方もある。米国はシェールガス生産の拡大で2017年から天然ガスの純輸出国に転じ、LNG輸出量を拡大したいという思惑がある。

すでに9割以上完成した事業を、米国の制裁で本当に止められるのかは不明だが、様々な思惑が交錯する中で、米独関係に禍根を残すことは間違いないだろう。

(EP Report 2019年12月21日 1971号より転載)

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