A面とB面
夕陽を見ていた。道路に面するアパートの廊下からは十字路が見えて、車がゆっくりと通り過ぎるのが見える。Bはその廊下に立って、手すりに寄りかかりながら、空を見上げながら夕陽を見ていた。
「さっさと、この世界から消えたいな」
Bはこの世界が嫌いだった。人間社会を蹴り飛ばしたい、と思っていた。でも、そんな勇気もなかったし、心の何かがずっとその気持ちを拒んでいた。心が二つ存在していた。人間への憎しみへの強いBと社会に対して何かしていきたいと思うA。二人は共存していたわけではない。元々、Aだけが彼の中には存在していた。Aは、子どもたちのために何かできないかと思いついて行動するやつだった。Bはあることがきっかけで生まれてしまった人間への憎しみを持つやつだった。Bは彼の身体の半分ぐらいに侵食し、自らを壊そうとしていた。それは社会に対して何か事件を起こすということではなく、AとBが存在することで、自らを消してしまおうという方向をAとBは協議して決めていたのだった。
電車が通る。左には踏切が見えて、電車が「ガタガタ」という音を立てながら、短く通る。すぐに電車は行ってしまった。
「あそこにいけば、さっさと消えることができるかな」
夕陽は美しい。しかし、美しい光景とは逆に人間の憎悪の感情をひきづっていたBにはそれは欺瞞に思えた。美しい山々も人の優しい心も、汚く、裏があるものだと思っていた。この世界はクソだ。
Aはそこで前に出ることはできない。Aは行動的に、積極的に動く。しかし、彼の中ではAは囚われの身だった。死への恐怖、引きこもりという体験、毎日見る悪夢のような夢たち、人前に出れない、人前で自分の名前を言えない、人と話すと大量の汗が出てくる。全ての彼の中の反応(リアクション)がAを前に出せないように足枷をつけていた。
彼は歩き始めた。廊下を歩いて階段を降り、外に出る。とりあえず、歩くだけだ。ただ、睨むだけ。睨むように歩く。誰か敵を作りたい。敵を作って破壊したい。Aは「やめようよ」という。でも、Bは聞かなかった。BはAに云う。
「人間にされたことを思い出せ」
Aは何も言えなかった。Bの気持ちが痛いほどわかった。しかし、Aだけで、Bの怒りや挙動を静止することは難しかったのだった。
しかし、Bには転機が存在した。彼に友人ができたのだった。友人はBの怒りを受け止めることや、静かに話を聞いていた。Bは泣いた。何度も泣いた。Bはなぜか友人に話を聞いてもらうことで、怒りを鎮めることができた。忘れることのない怒りは、確かに忘れることはできない。しかし、「忘れられなくともいいよ」とAに言われたのだった。
「それぐらいの経験なのだから」
とAにBは言われた。Bは怒りだ。しかし、怒りをぶつける相手を見つけることができた。Bは話を聞いてくれる相手を見つけて、前に出るのをやめた。人のことは嫌いだが、理解してくれる人もいるのだ、という単純でも、しかしBにとっては理解しづらかったことを体感でわかったからだ。
Bに友人ができてよかった、とAは思っている。もし、ここにBの怒りに同調して、人への怒りをもっと爆発してしまうことをさせてしまったら、Aは自分に止められたのだろうか?と自問する。
その世界線は、わからない。
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