キングオブコント2022ファイナリスト寸評(その4)。優勝と最下位の差は過去最小。賞レースは実力通りにならない

前回の続き

・ビスケットブラザーズ(吉本興業 大阪)[3年ぶり2回目]

 1本目が481点で、2本目が482点。合計963点は、大会が現在の方式になってからは最高の得点になる。今回決勝で披露された全13本のネタの中でも、その点数は1位と2位だ。まさに完全優勝。文句なしの勝利。世間的にはおそらくそうした評価に落ち着いていると思われる。だが、個人的な好みの話をすれば、この大会で眩しく見えたのは、優勝したビスケットブラザーズではなく、惜しくも敗れた側のグループの方に多くいた、となる。
 その1本目のネタを見て想起したのは、前回優勝した空気階段の1本目。歴代最高の486点を叩き出した「火事」のネタだ。スタート直後のインパクトやネタの展開など、昨年の王者とどこか似たようなテイストが、今回優勝したビスケットブラザーズにも存在した。
 だが先ほども述べたように、少なくとも筆者個人の好みとは、彼らのネタはやや外れている。いぬのネタに対して「やっぱりキスは禁じ手だと思う」と述べたのは審査員の飯塚だが、ブリーフ姿も個人的にはそれに近いものだと思っている。前回の空気階段もそうだったが、あの格好で登場されてはなすすべがないというか、見た目で上回ることがもはや不可能になる。かが屋、ロングコートダディ、最高の人間など、センスを売りにする他のグループが絶対に真似できない手法と言ってもいい。8組目のビスケットブラザーズが1位に躍り出たその瞬間、少なくとも僕には、敗退した技術系のグループが少々哀れに見えてしまった。彼らが同じ階級で戦わせてはいけない間柄に見えた。
 個人的には今大会はや団のネタが一番よかったと思っているが、それと今後のビスケットブラザーズへの評価はまた別の話だ。今回の優勝により、テレビへの出演並びにネタを披露する機会はそれこそ大幅に増えることになる。そこで優勝コンビにふさわしい良いネタを見せることが、今後の彼らの責務といっていい。前回王者の空気階段にはそれが十分できていた。さらに空気階段の2人は、バラエティ番組でもそのキャラをこれまで存分に発揮することができている。ビスケットブラザーズの課題はそこだ。例えば今後出演するであろう「アメトーーク」、「ロンドンハーツ」、「水曜日のダウンタウン」、「ゴッドタン」などで活躍できるかどうか。そこでの活躍度は、芸人としてのその後の躍進に深く関わってくる。
 バラエティでどの程度やれるのか。次回王者の誕生まで、その立ち振る舞いに目を凝らしたい。

・ニッポンの社長(吉本興業 大阪)[3年連続3回目]

 「ビスブラ(点数が)高ないすか?」。ネタを終え、MCのもとに降りて開口一番、辻の発した言葉はこれだった。
 その表情を見れば、自分たちの出来具合いをすでに把握している様子だった。「今回はダメだった」。採点が行なわれる前から、辻の顔はそう物語っていた。冒頭で述べた台詞はまさに、事実上のギブアップ宣言と言えた。
 大会前、このニッポンの社長が最下位に沈むことを予想した人はどれほどいただろうか。おそらく限りなく少なかったと僕は思う。今回唯一の連続ファイナリスト。しかも3年連続だ。主に関西で活動しているとはいえ、知名度的にはすでに全国区に近いものがある。大会前には彼らを優勝候補に推している記事も少なくなかった。
 大袈裟に言えば、番狂わせが起きたと言ってもいい。その敗因は色々考えられる。辻が思わず漏らしたように、直前のビスケットブラザーズの点数があまりにも高すぎたこと。これが1点。
 そしてそれ以上に大きかったのが、やはりというか、前評判がある程度高かったことだ。優勝したビスケットブラザーズはもちろん、準優勝のコットン、そして3位のや団よりも、ニッポンの社長の方がその下馬評は明らかに高かった。それは言い換えれば、周りの期待がとても大きかったことを意味する。「ニッポンの社長なら、かなり面白いネタを見せてくれるはず」。その期待を越えるものでなければ、点数は伸びない。少しでも下回れば、低くつけざるを得なくなる。今回がまさにそれだった。
 もちろん、つまらなかったわけでは全くない。少なくとも僕的には合格点を与えられるものだった。だが、9番目に登場する優勝候補が見せるネタとしては、やや物足りなかったと言うべきだろう。それまでの8組よりウケが良くなさそうなことは、テレビ画面越しにも十分伝わってきた。
 ニッポンの社長の所属事務所は吉本興業(大阪)。今回優勝したビスケットブラザーズも同じく、吉本興業(大阪)だ。その芸歴はほぼ同じ。ライバルとも言えるこの両者の明暗は今回、くっきりと分かれた格好だ。今大会の成績により大きな差がついたように見えるが、少なくともこちらの評価にそこまでの変化は起きていない。新王者・ビスケットブラザーズへの評価は決してそこまで高くはない。反対に、最下位・ニッポンの社長に対する評価は全く落ちていない。
 理由は簡単だ。ニッポンの社長が今回2本目に温存したであろうネタが、滅茶苦茶面白いことを知っているからだ。タラレバ話になるが、準決勝で爆笑をさらったもう一方のネタを決勝の1本目に出していれば、少なくとも最下位にはなっていなかった。そう言い切ってもいい。あるいは上位3組に入る可能性も高かったと思う。だが、その順番では優勝は100%出来なかった。今回の結果を見れば、おそらく2本目では失速していたと思われる。今回のネタの順番の方が、優勝する可能性は高かった。その結果、最下位に沈んだわけだが、これはニッポンの社長が勝負に出たために起こったことであって、彼らの本当の実力を示したものではないと、いま僕は声を大にして言いたい気持ちだ。
 優勝したビスケットブラザーズと、最下位ニッポンの社長に、差はほとんど存在しない。これが率直な感想になる。むしろ芸人としての筋は、ニッポンの社長・辻の方が優れている。結果で簡単に判断してはいけない。ニッポンの社長が最下位に沈む姿に、運が絡みやすい、実力通りにならないお笑い賞レースの特徴を見た気がした。

・最高の人間(プロダクション人力舎)[初出場]

 「なんかちょっと緊張してましたよね、俺」。
 舞台を降りてすぐのことだった。思わず言わずにはいられないという感じで、岡野陽一は上記の台詞を漏らした。
 審査員であり、なおかつ同じ事務所の先輩でもある飯塚もコメントしていたように、岡野の緊張した様子は、テレビ画面越しのこちらにもひしひしと伝わってきた。ネタ冒頭での彼の喋りは、明らかに滑らかさを欠いていた。口調が堅く、なにより途中で噛んだことが誰の目にも明らかだった。岡野の板付きで始まったネタだったが、相方の吉住が登場する前から、半分くらいその勝負の行方は見えていた。多少大袈裟に言えばそうなる。
 では、なぜ岡野はそれほど緊張してしまったのか。どちらかと言えば強心臓というか、飄々としたタイプに見える岡野。芸歴的にもベテランであり、もっと言えば、キングオブコントには過去に2度も決勝の舞台に立った経験があるにもかかわらず、なぜそこまで慌ててしまったのか。その理由を考えれば、ニッポンの社長と同じものに自然と行き着く。
 決勝前、その話題性が最も高かったのが彼ら、最高の人間だった。岡野陽一と吉住。大会史上初のユニットでのファイナリスト。しかもそれぞれが活躍の目立つ、いわゆる実力派同士ということも、話題性が高かった大きな理由に他ならない。何を隠そう、普段それほど熱心に賞レースを見ていない知人からも、「キングオブコントに吉住が出るんだよね」と、決勝前に筆者は声を掛けられたほどだ。ファイナリスト全員は知らなくても、「吉住と岡野のユニットくらいは見ておこう」という人は、おそらくかなり多かったのではないか。そのために大トリ(10番目)になったのかはわからないが、彼らへの期待がそれなりに大きかったことは事実だ。
 知名度や話題性を踏まえれば、それは優勝候補と言っても差し支えないくらいだった。過去2回の決勝、さらにはR-1の決勝も経験している岡野だが、優勝候補として大会に挑んだことはない。芸風的にもいわゆる弱者の立ち位置の方が似合う、典型的なチャレンジャータイプだ。だがそれが一転、THE W 王者の肩書きを持つ吉住と組んだことで、知名度の高い強者として、面白いネタを期待される、受けて立つ側に回ることになった。自然とプレッシャーの掛かる立場に追いやられたという感じだ。普段はマイペースで伸び伸びとしている岡野が堅くなってしまったこれが理由だとは、筆者の見立てになる。
 2年前のM-1における「おいでやすこが」的な活躍を期待されてしまった。これも前評判が高くなってしまった理由だと考えられるが、一方で、ネタの順番を入れ替えた方が、実はうまくいったのではないかと僕は思っている。「もう一本がものすごく面白い」と大会後に岡野が述べていたように、2本目を先に出していれば、少なくとも結果はある程度上がっていたと見る。筆者が準決勝で目にしたその2本目は、岡野が緊張するような役柄のネタでは全くない。そちらが先で、今回決勝で見せた1本目を2本目に披露していれば、少なくとも冒頭で岡野が噛むことはなかった。優勝していたかはわからないが、その評価はより高くなっていたと思われる。
 結果はよくなかったが、とはいえ、ユニット勢初の決勝進出は立派な快挙であることは事実。今回の決勝進出により、彼らのピン芸人としての評価がもうワンランク上昇したことは間違いない。来年も参加するのかはわからないが、もし再び決勝に進出すれば、今回よりもさらに期待できるはずだ。その時を楽しみにしたい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?