松本人志を想起する、R-1審査員・バカリズム

 R-1グランプリ2022決勝で最も印象に残る芸人はといわれれば、個人的には優勝者お見送り芸人しんいちではなかった。準優勝のZAZYでも見せ場を作った吉住でもない。ネタを披露したファイナリストではなく、審査員として大会に関与した一人の芸人に、いつの間にかこちらの目は釘付けになっていた。トップバッターで登場したkento fukayaに84点をつけた、今回初のR-1審査員を務めたバカリズム。この大会を振り返れば、バカリズムこそ外せない、大会のレベルを押し上げた存在だったと僕は思う。

 大会直後からバカリズムの審査に対してはネットを中心にある種の賑わいを見せていたが、ここでもう一度、個人的にも触れておきたい。

 今回審査員を務めたのは、陣内智則、バカリズム、小籔千豊、野田クリスタル(マヂカルラブリー)、ハリウッドザコシショウの5人。陣内、野田、ザコシショウの3人は前回も務めていたのでどんな審査をするかある程度想像できたが、新しく加わった小藪とバカリズムがどんな点数をつけるかは、正直全くわからなかった。これぞ本番でのお楽しみというか、今回の大きな注目ポイントだったと思う。

 R-1は今大会から審査員が5人となった(前回は7人)。ざっくりと言えば、キングオブコントとほぼ同じ形式になった。この変更で個人的に感じたのは、他の賞レースの審査と比較しやすくなったことだ。今回の審査員たちも、自分の審査が多くのお笑いファンに見られているという意識を少なからず持っていたと思われる。どのあたりが妥当な点数なのか。過去の賞レースを参考にしつつも、己の価値観に基づいて、すでに始まる前から採点に対する考えを審査員各自がそれぞれ持っていたはずだ。

 そこでいきなりバカリズムは84点という点数をトップバッターにつけた。この数字を見たとき、おそらく多くの人が少なからず驚いたと思う。他の4人が軒並み90点台をつけるなか表示されたその「84」という数字は、大会を緊張感で一気に包み込む強烈なインパクトがあった。

 色々な意見があると思う。辛口とか空気が読めていないとか、人によって印象は違うと思うが、このkento fukayaへの審査を見て筆者が誰に最も共感できたかと言えば、ダントツでバカリズムだった。

 90点が基準とはよく言われるが、トップバッターということを差し引いても、このkento fukayaのネタはあまり面白くなかった。筆者があえて点数をつけるとすれば85点。そんなことを思いながら審査を見ていたら、バカリズムはこちらよりもさらにもう1点少ない点数をつけてきた。他の4人がいわゆる様子見的な点数をつけるなか、この人だけは違った。最近の賞レースではあまりお目にかかれない点数と言ってもいい。その特異性が誰の目にも明らかになった瞬間だった。続く2番のお見送り芸人しんいちにつけたバカリズムの点数は89点。結局、バカリズムがつけた最高点数は、吉住への91点止まり。ファイナリスト全8人を、84点から91点までの間で、全て1点ずつの差で違う点数をつけるという、審査員のなかで誰よりもこだわりを感じさせる審査を見せつけた。

 バカリズムがファイナリストたちに与えた点数はダントツに低かった。だが大会が始まる前、審査に対して辛口というか厳しそうなイメージがあったのは、バカリズムと同じく新審査員を務めた小籔の方だった。トップバッターのネタが始まる前、審査員紹介の際に「出場者全員をボロカス言いたいと思います」と口にしていたが、初の審査員ということで多少の遠慮があったのか、あるいはファイナリストたちへの多大なリスペクトがあったのかはわからないが、実際の点数は5人の中では最も高かった。

 数字には、あやふやなものをハッキリとさせてしまう力がある。見えにくいものをクリアにする力と言ってもいい。低い点数をつけておいて、同時に褒めるということは難しいのだ。だったら高い点数をつけろという話になる。

 言ってみれば、点数とは自分の意見そのものだ。面白かったのか、面白くなかったのか。その程度の差が鮮明になる瞬間なのだ。

 採点にはリスクがつきまとう。悪い評価、低い点数をつければ、つけられた側は少なからずムッとする。採点された芸人とはギクシャクする。例えばM-1審査員が関係性のあるファイナリストへの採点が甘くなる理由はそこにある。決して格好のいい話ではないが、多少の贔屓があったり好みによって高い点をつけたりするのが暗黙の了解というか、これまでは普通だった。

 そうした少々愛らしいというか、ラブリーな要素が、今回のバカリズムの審査には全くなかった。「僕はこう思う」という、ある種の哲学的な審査を最後まで貫いた。その結果、彼の与えた点数が他の4人を上回ることは一度もなく、最後までその価値観がブレることはなかった。
 
 点数だけではない。コメントにもその“らしさ”は存分に感じられた。変に持ち上げることもなく、的確な言葉で素早く簡潔に伝える術はなかなかで、その審査員としての力量を見事に見せつけたと言える。1本目で1位通過したZAZYに対してすら「ここをこうしていれば」的な苦言を呈すなど、終始自らの意見を発し続けた。

 なぜバカリズムはこのような審査をすることができるのか。他者とは異なるオリジナルな視点の審査。ブレない審査と言い換えてもいい。

 自信。これに尽きると思う。他人に何を言われても構わない。それ以上に、審査員としての自分、芸人としての自らに絶対の自信がある。だからスパッと低い点数をつけることができる。よくないところをハッキリと述べることができる。これは自らに相当の自信がないとできない芸当になる。「俺の方が面白い」という自信がなければ、ここまで特異な審査は普通できない。

 バカリズムにはそれだけの自信があった。ピン芸人ながら大型のネタ特番で一番面白いくらいのネタができる芸人だとは個人の見解だが、そうした自らの実力もバカリズムは十分承知していたのだと思う。だからこそ、今回のR-1ファイナリストたちに求めるものも大きかったはずだ。最高点数が91点にとどまった理由だと思う。つまらなくはないが、滅茶苦茶と言えるほど面白くはなかった。今回のR-1をバカリズムの採点を通して見れば、そんな風に言えなくもない。

 ハリウッドザコシショウ、野田クリスタル。芸風的には我が道を行くタイプの芸人たちも、審査はどちらかと言えば普通。芸風とは違い、意外と真面目でオーソドックスな感じだった。小籔も芸風とは裏腹に甘めの点数だったが、こちらも言ってみればノーマルな審査だった。そして審査員で唯一、今回評価を下げたと思われるのが陣内。kento fukayaに93点という、ファイナリストの中では最も高い点数をつけているが、同じく陣内が91点をつけた吉住より2点も上回っているようには、個人的には全く思わない。その他にもどこか自信がなさそうというか、審査員として頼りない感じは否めなかった。横に座るバカリズムと比べれば、どちらにカリスマを感じるかは明らかだった。

 少々思い切って言えば、バカリズムの審査に松本人志さんを想起した。芸人として絶対の自信があるところ。自らの意見をわかりやすくハッキリと述べるところなど、両者にはどこか共通するムード、気品や高貴さがある。一本筋の通ったブレない芸人と言ってもいい。このような芸人が審査員に加われば、審査のレベルは必然的に上がる。それに伴いネタのレベルはもちろん、大会自体の見栄えも良くなること請け合いだ。お笑い界の発展には欠かせない重要な存在だと筆者は考える。

 今回のR-1で最も株を上げたのは、8人のファイナリストでも、司会の霜降り明星でもなく、審査員のバカリズム。少なくとも僕はそう思っている。

 

 

 

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