かまいたち大躍進の影に、美しき敗戦あり

 かまいたちの勢いが止まらない。

 彼らがブレイクしたのは、比較的には最近の話だ。きっかけは、キングオブコント2017で優勝したことにある。この優勝により、2018年から、活動の拠点を大阪から東京に変更。全国区の番組で目にする機会が増え、いわゆるブレイク芸人の仲間入りを果たした。

 だが、当時のそのブレイク度合いは、どちらかといえば普通。賞レースで優勝した芸人の平均的なそれと、ほぼ変わらないものだった。少なくとも現在の姿を予見させるようなものではなく、いつ失速してもおかしくない、不安定な感じがわずかながら漂っていたことは事実だった。キングオブコント優勝が2017年10月なので、そこから2018年までの1年半くらいは、いわゆるチャンピオン期間。俗に言う、旬な人気者というポジションでの出演だった。

 しかし、2019年に入ると、その立ち位置はわずかに変化。濱家がロンドンハーツやアメトーークなどでイジられるようになり、コンビ2人ともが、個人でも存在感を示すことができるようになった。実力派の顔を持つ一方で、イジられ役的なポジションもこなすなど、芸人としての幅を徐々に広げていった。

 順調に右肩上がりを続けていた。だがそのときは、まだ千鳥には届いていなかった。2019年7月に放送された水曜日のダウンタウンでは「そこそこ売れてるのに『あの人は今』系のオファーがきたらショックと不快が半々説 」という、失礼なドッキリを仕掛けられている。ブレイクはしていたが、かまいたちへの扱いには、まだ粗さが残っていたことはたしかだった。

 かまいたちの芸人としてのポジションが大きく上がったきっかけ、その市場価値が急激に上昇した理由はいったい何なのか。これに関しては、先日放送されたアメトーーク「かまいたちビックリ芸人」でも、誰も詳しく語ってはくれなかった。出演者(かまいたちをよく知る芸人)たちが話していたのは、もっぱらかまいたちの過去のエピソードが中心だった。

 かまいたちの評価が急上昇したきっかけ。それは、M-1グランプリ2019の準優勝に他ならない。この大会の前と後で、彼らを取り巻く環境は大きく変わった。個人的な感覚では、2レベルくらいの上昇を果たしたと思っている。現在では、そこからさらにもう一段、階段を昇ったという感じだ。

 M-1グランプリとキングオブコント。このお笑い界の両メジャー大会制覇に、最も近づいたコンビ。それこそが、かまいたちが“ビックリ”するようなブレイクを果たした大きな理由だとは、個人の見解だ。キングオブコントの優勝だけでは、ここまでの存在にはなっていなかった。少なくとも僕はそう思っている。

 さらに言えば、そのM-1グランプリ準優勝が、とても良い内容だった。外せないのはこの要素になる。

 かまいたち以前に、お笑い賞レース2冠に最も近づいたのが、かつてM-1グランプリ2007で優勝したサンドウィッチマンだった。M-1優勝後、2冠を狙いキングオブコント2009に出場し、そこで見事に準優勝を果たしている。だが、そのときのサンドウィッチマンとM-1グランプリ2019のかまいたち、どちらの方が「2冠」に対して惜しかったかと言えば、筆者はかまいたちと答えるつもりだ。キングオブコント2009では、優勝した東京03の出来映えがダントツだった。サンドウィッチマンも悪くはなかったが、あえて言えば、そのネタは概ね漫才でもできそうなものにも見えた。漫才では実現不可能な内容のネタで爆笑をさらった東京03に、本格派コント師としての実力を見せつけられた格好だった。準優勝ではあったが、優勝した東京03との間にはかなりの差があったことは事実だった。

 だが、M-1グランプリ2019でのかまいたちには、そうした限界を見せられた気はしなかった。ミルクボーイには確かに敗れた。それも、M-1史上最高得点を叩き出された上での敗戦だ。最終得票の結果も、ミルクボーイの6票に対して、かまいたちは1票。数字だけ見れば完敗、圧倒的な差にも見えるが、個人的な印象はその逆になる。むしろ、かなり惜しかったと、今もなお僕は思っている。

 ファーストラウンドでのかまいたちの出順は2番だった。だが、もしそこでミルクボーイが選ばれていれば、少なくともあの得点は出ていなかったはずだ。ミルクボーイとの出順が逆であれば、かまいたちの方が1位で通過していた可能性もある。さらに言えば、かまいたちの2本目(最終決戦)のネタの出来は、ミルクボーイの2本目よりもやや上回っていたとは、当時から抱く個人の見解だ。1本目で披露した「コーンフレーク」の印象があまりにも強かったために、最終審査にもそれが影響したものと思われる。だが、かまいたちのネタも文句なしだった。少なくとも「6対1」より競った内容だったことは事実。「5対2」、「4対3」あたりが妥当な線だったと思う。

 そんなかまいたちに唯一、最終審査で1票を投じたのが、松本人志さんだった。この松本さんの1票こそ、現在のかまいたちを語る上では欠かせない、今振り返るととてつもなく大きな1票だった。もし松本さんがミルクボーイに投票していれば、結果は「7対0」。まさにミルクボーイの完勝劇だったわけだ。7対0と6対1では、それこそ印象に天と地ほどの差を感じる。あの1票が彼らを救ったと言っても過言ではない。かまいたちを美しい敗者にした、後の躍進を予見していたとも言える松本さんの判定に凄みを感じたのは、おそらく僕だけではないと思う。

 ミルクボーイが優勝した当初、彼らのブレイクを羨ましがる素振りを見せたかまいたちだが、それはほんの一瞬だった。そんな2冠を阻まれたミルクボーイを凌駕するような活躍ぶりを、現在では見せている。

 それは、彼らの敗戦が惜しかったからだ。もっと言えば、美しかったからだ。優勝候補が無名のコンビに敗れた、ともすると格好悪い出来事にも見えるが、実際はその逆。M-1グランプリ2019で筆者が真っ先に想起するのは、優勝したミルクボーイではなく、惜しくも準優勝に終わったかまいたちの方なのだ。かまいたちの存在があってこそ、ミルクボーイが輝いた。敗れはしたものの、それを補ってあまりある好印象を、見る者に与えることに成功したのだ。

 そこで讃えられた姿こそ、現在に通じる、かまいたちに漂う高級感に大きく関わっている。2020年以降の彼等の大躍進は、M-1グランプリで喫した高貴な敗戦なしには語れない。少なくとも僕はそう思っている。

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