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2020年刊行 フィンランドで人々の琴線に触れた作品から


 新しい年、2021年が始まりました。さて唐突ですが みなさまは普段、「次に読む本」をどのようにして見つけておられますか? 計画的・戦略的に選んでおられますか? それとも、適当に目についたものを選んでおられますか? 今年もぜひ北欧、そしてフィンランドで誕生した本をお読みいただければ、幸いです。そのために、これまで同様、私たちも読み甲斐のある書籍や素敵な映画の数々をご紹介したいと思っておりますのでよろしくお願いいたします。

 ということで今回は、そうした想いを乗せて、私、フィンランド語翻訳のうえやまみほこが2020年にフィンランドでよく読まれた本の中から、日本語訳が出ると嬉しい、気になった作品をいくつかご紹介したいと思います。もちろん、毎年11月初旬に「フィンランディア文学賞」の各賞(文学、ノンフィクションと児童書)の候補作が発表されると、書籍の売れ行きはがぜんそれら候補作に集中しますので、ここでは受賞作や候補作ははずしました。

ソフィ・オクサネン 著 『ドッグパーク』(仮邦題) リケ社
Sofi Oksanen  Koirapuisto Like

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 舞台は、ウクライナとフィンランドの首都ヘルシンキ。ウクライナで「子宮貸し」のあっせん業をしていた若い女性が主人公。旧ソ連と、そこから独立したウクライナ、そしてフィンランド。それぞれの国の社会的背景を理解していると、より深く読み込める作品です。こうした重いテーマの作品は、オクサネンならではの世界。ロシア語で仕事もし、ウクライナにもロシアにも住んだ経験のあるフィンランド人の友人からは、「日本の人が理解するのは、ちょっと至難の業かもしれない。でも、こういう現実ってきっとあるし、作者オクサネンは相当下調べをした上で仕上げた小説だということがよくわかる」と言いながら薦めてくれた作品でした。
2019年9月の刊行ですが、それ以降、半年にわたって売り上げ「トップ10」に入り続けておりました。なお、ソフィ・オクサネンの作品は、エストニアを舞台にした『粛清』(早川書房)を日本語で読むことができます。

ヘイディ・コンガス 著『ミルヤミ』(仮邦題) オタワ社
Heidi Köngäs, Mirjami,  Otava

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 時代は、フィンランドにとっては最初の第二次世界大戦ともいえる1939年11月30日、旧ソビエト連邦の国境警備隊がフィンランドの国境に侵攻したことを契機に始まった「冬戦争(talvisota)」の頃。主人公は、兵士たちが着る白服の縫い子であるミルヤミ。その彼女が、こうした激動の戦時下の困難な、逆境の中でどのように生き、その厳しい逆境の中でいかにして愛する人との恋を守ろうとしたかを描いた小説。この作品の著者コンガスは、前作で、フィンランドの独立に絡む内戦の中で、ミルヤミ姉妹の母親の日々がどのようなものであったかをモチーフにした作品を発表しています。
いうまでもありませんが、フィンランドでは今でも、ロシア帝国からの独立闘争の話や、第二次世界大戦を時代設定とした小説が続々と発表されます。これまで私は、フィンランドではあの時代、あの出来事を忘れないためにさまざまな作品が生み出され、描き続けられているのだと思っていました。が、最近はちょっと違う目線で描かれる作品も出始めてきたのではないか、とも感じ始めています。


カリ・ホタカイネン 著                      『あなたの家族のことを語ってください』(仮邦題) シルタラ社
Kari Hotakainen, Tarina, Siltala

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「現代社会に物申す」といきたいところですが、それではあまりにも直接的に過ぎ、嫌味になると考えたのか、この作品では他にあまり例のない興味深い設定と手法で、現代社会を風刺的に描いています。
“超ド田舎”に元気を与え、活気づけるために、誰もがレジャーを楽しめる「街」を開発したのはよいけれど、結果、その「街」にあまりにも人が流れ込み過ぎ、今度は住む場所が不足する事態に。そこで街のド真ん中に建てたアパートの入居者を選抜するために行ったのが「あなたの家族のことを語ってください」というアンケート。これを仕掛けたのはいったい誰? 入居者を決めるのはいったい誰? 興味の尽きないところです。
 ホタカイネンの作品は、『マイホーム』(小説・新評論)『知られざるキミ・ライコネン』(人物伝・三栄書房)を日本語で読むことができます。


ミーカ・ノウシアイネン 著                    『ちょっと模様替えをしてみたら』(仮邦題)             オタワ社Miika Nousiainen, Pintaremontti, Otava

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 久しぶりに家族が一堂に会した父親の葬儀。そこにサミは一人で参列。いい年をした大の男(40過ぎ)が一人でいることは、ちょっと気恥ずかしいところがある。参列者からは「お父さん残念だったね」という言葉と共に「頑張れよ…」という目線を投げかけられる。いや、僕にだって彼女くらいはいるんだよ。でも、父親の葬儀に参列するほどの距離感ではない、っていうからさ。葬儀で、参列者のお悔やみの言葉でわかったのは、父親は、かなりいい人だったらしい、ということ。家族の誰にとってもそんな人ではなかったのに。家族みんなの重石になっていた父親がいなくなったことで、それぞれが少しずつ変わり始めた。まるで、ちょっと部屋の模様替えをするようにね。
 物語の最後は、誰もがちょっと幸せになる、ふんわりとした気持ちになれる小説です。

トゥオマス・キュロ 著                      『祝賀パーティおことわり。―おとぼけ爺さん』 WSOY社
Tuomas Kyrö,  En juhli, Mielensäpahoittaja, WSOY

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 70歳代に入って一人暮らしになり、唯一無二の親友ユルヨも亡くなって、「まったくもっていったいどういうことなんだ」と世の中にブツブツ言い続けているおとぼけ爺さんの物語。
 昨年秋に、デビューから10周年となりまして、そのコラムを読んでいるファンたちからお祝いの言葉もたくさん寄せられています。そのすべてが、「まったく世の中おかしいことばかり。どう思います?」というおとぼけ爺さんへの投書。それに対して、おとぼけ爺さん、なかなかいい感じのお返事をしています。例えば、「演奏会に行くと、コートをクロークに預けないといけないじゃないですか。しかも、2ユーロも払って。コートを預けるだけで2ユーロも払うなんておかしいと思いませんか……?」それに対しておとぼけ爺さん。「そんなことを言うならコートなんて着ずに行けばいいじゃないか」とバッサリ。いや、痛快です。

【ノンフィクションからも1冊】

マリア・ペッテルソン 著                     『歴史上の女傑たち ―海賊、霊媒師、盗賊、スパイ―』(仮邦題)    アテナ社
Pettersson Maria, Historian jännät naiset -Merirosvoja, meedioita, varkaita ja vakoojaprinsessoja, Atena

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 世界の壮大な歴史の表舞台に登場する人物のほとんどは男性。その陰に、女性あり。歴史の教科書には出てこないけれど体を張って活躍した女性たちが多くいたことを教えてくれる一冊です。科学者、為政者、芸術家にスポーツ選手、活動家に盗賊、戦士・武士そして、冒険家まで100名ほどが紹介されています。日本からは、木曽義仲と共に戦に臨んだ巴御前が紹介されています。


 児童書の売れ筋リストを見てみると、日本でも人気の『グレッグのだめ日記』(ジェフ・キニー作)の最新刊15巻目が、昨年10月にフィンランドで刊行されました。この作品、日本では「サンタクロースの絵本」作家として知られている人気作家マウリ・クンナスの最新絵本『サンタクロースのクリスマス休暇』に次いで、目下、売り上げ2位を疾走中です。

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ちなみに、クンナスの『サンタクロースのクリスマス休暇』は、世界各地にクリスマスプレゼントを配って回ったサンタクロースと、お手伝いのトントゥ(小人さん)が、サンタクロース村へ戻って来てからやっと始まるクリスマス休暇の12日間を、リアルTVばりに教えてくれる、とても楽しい作品です。

謹んで哀悼の意を表し 心からご冥福をお祈りいたします

 児童書作家であり、ユーモアたっぷりのエッセイを数多く世に送り出してこられたシニッカ・ノポラ(Sinikka Nopola)さんの訃報が伝えられました(1953.11-2021.1)。代表作は2つの児童書シリーズ作品で、いずれも妹のティーナ・ノポラ(Tiina Nopola)氏との共著です。

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 一つは、ヘイナとトッスの姉妹が主人公の『麦わら帽子のヘイナとフェルト靴のトッス』シリーズは全17冊(青い鳥文庫・講談社でシリーズのうち邦訳された4冊を読むことができます)。今ひとつは、ドラムをたたき、ラップを口ずさむ男の子リストが主人公の『リストとゆかいなラウハおばさん』シリーズで、19冊を数える超人気シリーズです(小峰書店で7冊を読むことができます)。おとなしくて本を読むのが大好きな麦わら帽子のヘイナのモデルとされる彼女。ご冥福をお祈りします。


(文責 上山 美保子

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