パン・ド・カンパーニュ
ふと思い立って昨年末くらいからパン作りをはじめました。週に2回程度焼き続け、徐々にですがそれなりに焼けるようになってきました。はじめる前はパンを作るだなんてとても面倒に思っていたのです。捏ねるのに台が必要だし、後片付けが面倒だなと。
でもいざやってみるとそこまで面倒ではありません。カンパーニュであればそれほど捏ねなくて良く、なんならボウルだけで焼き上げ前までの工程を完結できてしまいます。また、分量を間違えなければそれほど酷いことにはなりません。この分量についてはベイカーズパーセンテージという、粉や水の割合いを示したものがレシピに載っているので、オーブンの大きさなどに合わせて計算して従うだけです。最初に作ったときに利用した富澤商店のレシピは粉の量が全部で250gとなるように計算されていて、オーブンに難なく入るほどよい大きさなので、自分もパンを作る際には同じ250gで計算しています。
昔はもっぱらご飯党。それほどパンを好きではなかったのですが、パリのLe Grenier à Painというパン屋さんでバゲットサンドを食べてからはかなりのパン好きに。東京だと渋谷のViron、サンフランシスコではフェリービルディングにあるACME Bakeryのバゲットが好きでした。北海道に引っ越してきてからはパンを買おうとすると車で片道30分くらいかかってしまうので、それなら自分で作ってみようと思い立ちました。調べてみるとバゲットを作るのはちょっと難しそう。なので最初はカンパーニュから!と相成りました。ちなみに今住んでいるところの近くで好きなパンは当麻町にある「廻りみち」というパン屋さんのロデブです。
それから、さあ始めようということで教科書となるような本をいくつか買い込みました。最初は専門用語がよくわからなくて難儀していたんですけれど、最近はかなり慣れてきました。いわゆるレシピ集はあまり買っていなくて、ゲームの攻略本みたいに手順をこなしてポンとゴール達成というのはちょっと味気ないし、レシピだけならネットでも見られるのでなるべく基礎から書かれているようなものを選びました。なかでも、サンフランシスコにあるタルティンベーカリーというパン屋さんの経営者、チャド・ロバートソンが書いた「Tartine Bread」という本がお気に入り。
で、いろいろと本を読んでいるとだいたいは酵母作りから始まるんです。しかもこの酵母を起こすのに一週間かかるって書かれていて、さすがに最初から酵母をうまく起こせる自信なんかないので、もうちょっとソフトに書かれたものはないのかと本を探し漁ってわかったのはだいたいみなさん天然酵母を起こして作るんですねーということ。ドライイースト使っている本ほとんどないですもん。
ということで本を読むまでは満々だった気力をちょっぴり削がれ、大人しく富澤商店のサイトでレシピをみつつ、ポチッと小麦粉や発酵カゴなんかを買い込みました。まずは基本のレシピから。でも本を最初に読んだおかげでレシピに書かれている分量や手順を見てああなるほどなと合点がいくことが多かったので、やっぱり最初に基礎を知っておいてよかったです。
レシピ通り作ったつもりでもなかなか最初はうまくいかなかったのが、1ヶ月くらいしてようやく自分でも納得いくように作れるようになり、それからちょっと欲を出して小麦粉の種類や焼き方、水の量などを変えてみたりと試行錯誤してみました。先ほどの、タルティン・ベーカリーの本ではコンボクッカーという、ダッチオーブンみたいなものに成形した生地を入れて、それをオーブンに入れて焼いていました。でもうちのダッチオーブン、というかストウブ鍋だとちょっと大きすぎてオーブンに入らない。なにか他に手はないかと、手頃な大きさのステンレスボウルを焼き始めにかぶせてみるとクープが開いてパリッとした焼き上がりになりました。また、水の量を変えるとホント違った感じになります。多加水にすると皮が固くカリッとなって、食感的には1番の好み。でも生地がダレてしまい見た目が残念に。粉を変えるとやはり味も変わるほか、北海道産の小麦だと膨らみがちょーっと弱いかな。モルトという、イーストの餌となる糖分を含んだ粉の有り無しの効果についてはまだよくわかりません。極端に量を多くしたりすると良いのでしょうけど、やっぱりパンがもったいなくてここは踏み切れず。ほか、オートリーズ法という、イーストを加える前に粉と水を合わせておくという手法も試してみましたが、これも効果がよくわからず。
ということでまだ道半ばですが、もっとおいしいパンを焼けるようにと頑張っています。新鮮な野菜が多く出回る頃にはバンズも自分で焼いてハンバーガーを作れるようになりたいというのが直近の目標です。
最後に調べ物をちょっと書き残しておきます。パン・ド・カンパーニュはもともとフランスで作られ始めました。当時の中世フランスではオーブンが各家庭にはなく、村に一箇所。火事をおこさないようにという理由もありましたが、オーブンでパンを焼くのにお金をとってその土地の領主の収益源としているところも少なくありませんでした。
そこにはオーブンマスターとよばれるパン焼き職人がいて、オーブンに火を入れる日(週に一度とか)には各家庭からパン生地が持ち込まれ、焼いてもらいます。大量に焼いてもらう家庭のものは5kg近くもあったとか。
さて、たくさんのパンがあるとどの家庭のものかわからなくなりそうなものですよね。そこでパンを見分けるためのしるしがパン・ド・カンパーニュにつけられているクープでした。なので各家庭ごとに異なったものが使われていたようです。
それから時代を経て、パン・ド・カンパーニュはゴールドラッシュの頃にアメリカ西海岸に渡り、サワードウと呼ばれるようになります。一方、フランスでは1920年代にパン職人が午後10時から朝4時までの間は働くことを禁ずる法律が施行され、時間のかかるパン・ド・カンパーニュを焼くことが難しくなって手早く焼けるバゲットへと一気にシフトしていきました。
なので今でもアメリカではサワードウを売っている店が多いし、フランスではバゲットが優勢なんですね。歴史を絡めながら学んでいくと楽しいです。
読んでもらえただけで嬉しいです!