見出し画像

王位奪取|2021年 安田記念回顧

雌伏の時から解き放たれ、これまで味わった苦い思いを力に変えたかのような快走で、ダノンキングリーが春のマイル王を奪取した。

ダノンキングリーはもともと皐月賞3着、ダービー2着、古馬G2を二つ制して大阪杯でも1番人気に支持された馬。
昨秋の失速から人気こそ落としていたが、このメンバーを相手にしても突き抜ける実力を秘めている点には誰も異論がないだろうが、天皇賞での糸が切れたような殿大敗後とあっては強気になれないのが常識。
時間をかけて立て直した(聞けば3月から在厩で調整を続けてきたとも聞く)陣営の尽力の賜物であろう。

テン乗りの川田騎手は実にスムーズに流れに乗せ、丁寧にギアを上げていき、脚の使い処に難しさを抱える本馬の脚をゴール板ちょうどで使い切ってみせた。
ダノンの主戦である川田騎手が、コンビを組み続けてきたダノンプレミアムではなくキングリーに騎乗した点から勝負気配は漂っていたが、見事な一発回答で最高のパフォーマンスを引き出す姿はさすがの一語。馬の力はもちろんだが、川田騎手の手腕なくして勝利はなかった。

川田騎手は数を絞り、平場戦でも雑になることなく騎乗する姿が際立っている。その根底には、一頭の競走馬の背景―生産、育成、厩舎が一体となり、獣医等も含めたプロフェッショナル全員が尽力することでようやく形になる―を強く意識しているからだろう。長く繋ぎ続けたバトンを受け取り、最終責任者として結果を出す義務と責任を、誰よりも果たしているジョッキーと言えよう。(もちろん、レースは水物、うまくいくこともそうでないこともあるが。)


安田記念はロゴタイプやアグネスデジタル等、往々にして実力馬復権の地となってきた。
それはおそらく、全馬がフルスロットルで脚比べできる東京マイルの舞台では、勢いだけでなく、積み上げた経験や底力等、芯の通った強さを問われるからだろう。
サートゥルナーリアとアドマイヤマーズがターフを去り、牝馬の時代に防戦一方の5歳牡馬世代だったが、この春は世代エース格のワールドプレミアとダノンキングリーが存分に存在感を示した。
今日の安田記念はこの路線のトップホースがほぼフルメンバーで揃っていただけに価値は高い。
狙うは春秋マイル王か、秋の盾か。楽しみな馬が王位を奪取し、主役の座に戻ってきた。

**********************************

一番人気で二着のグランアレグリアは行きっぷりが悪く、後手後手の競馬。
楽勝に見えたヴィクトリアマイルだったが、大阪杯含めてG1戦線で主役を張り続けた消耗が最後に露呈してしまった。
中間には爪不安もあり、(推測だが)シュネルマイスターの鞍上が直前まで決定しなかったのは回避の可能性が残っていたからだろう。

近年でも5歳シーズンのキタサンブラック(宝塚記念)やアーモンドアイ(安田記念)が春シーズン最終戦でパフォーマンスを落としたが、レースレベルの上昇の裏返しとして、一戦毎の消耗は大きくなっている。
その意味で、ここ数年、一流馬が一球入魂で目標を定めて直行に拘るのも自然の流れである。
(逆に言えば、厳しいローテでも結果を出し続けたウオッカのタフさは、十余年立った今でも燦然と輝いている。)

一流馬のG1連戦が珍しくなった昨今において(珍しいといわざるを得ないことに一抹の寂しさも覚えるが)、素晴らしいパフォーマンスでこの春を大いに盛り上げたことは疑いなく、万全でない中でも苦しい形から恰好を付けたのは能力の高さはやはり特筆ものである。
朝日杯やNHKマイルC,大阪杯の挫折から立ち直ってきたように、しっかり立て直して、名伯楽とともに歩むラストシーズンを戦い抜いてもらいたい。

3着のシュネルマイスターは横山武史騎手共々目下の充実度を示して力を出し切ることができた。
3歳馬での挑戦はミッキーアイル級の馬でもはじき返された過去がある。歴戦の古馬が相手となる安田記念という舞台において、単純な才能や速さだけで歴戦の古馬と渡り合うのは簡単なことではない。
ましてシュネルマイスターは完成途上にも映るが、そんな成長度であわやの競馬を見せたのだからやはり相当な才能を秘めている。
日本でも貴重なkingmanの血脈を種牡馬として日本に残していくミッションを背負っている馬。その価値を高めるような活躍をこれからも見せてほしい。

4着インディチャンプはまたしても惜敗。
馬なりでも加速していく前進気勢と他馬を置き去りにする一瞬の切れは今日も変わらずいせていたが、結果的に格好の目標になってしまった。
G1を連取していた二年前から大きくパフォーマンスを落としているわけではないが、インディチャンプほどの馬をもってしても、高いレベルで勝ち続けることは難しい。

3番人気8着のサリオスはレースの流れに乗れないまま終わってしまった。
グランアレグリアから不利を受けたのは事実だが、そもそも前受けできる馬であり、位置取りを悪くしたこと自体が本調子になかった証左のように思える。
ハーツクライ産駒の一流馬は、ジャスタウェイ然り、リスグラシュー然り、4歳春に伸び悩みを見せてから、4歳秋に大きく飛躍する。
奇しくも、ここまでの戦績はダノンキングリーとも似通っており、先輩の背中は後輩を勇気づける結果だったかもしれない。
秋初戦が正念場。秋初戦で主役の一頭に躍り出ていけるのか、次走を注視したい。

最後に最低人気争いながらも5着と6着に入線したトーラスジェミニとカデナについて。
両馬ともG1の大舞台ではやや荷が重いとの戦前の評価であり、最後は壁にはじき返された結果だが、いずれもあわやの場面は演出してみせた。
トーラスジェミニは自分のリズムで運べたときの粘り腰、カデナはインを切り裂く末脚がお家芸だが、馬のがんばりはもちろん、こうした一芸を最大限引き出した戸崎騎手と武豊騎手もお見事だった。
両騎手とも怪我等での戦線離脱が響き、お手馬がそろってこないフラストレーションの溜まる状況が続いているが、ひとたびレースになれば、騎乗馬の特性を最大限に引き出せる技量を見せている。
来週からは夏競馬。馬だけでなく騎手の巻き返しにも注目してみていきたい。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?