「光一からエレンへと、気持ちが切り替わる1年半だった」左ききのエレン|あとがき
「バトンを渡す相手が見えたから、そこまで全力疾走しなきゃって」
カツセマサヒコ(以下、カツセ) まずは、左ききのエレン、連載お疲れ様でした!
かっぴー ありがとうございます。終わったなあ……。
カツセ 昨日は最終話の公開直後から、SNSの反響がすごかったですね。「かっぴー」も「左ききのエレン」も、一日中トレンド入りしていました。
かっぴー うん、ずっと見ていました。ちょっと落ち着いてから、今日の取材のために美容室に行ったけど(笑)。
カツセ それなのに、ニット帽被ってきちゃったんですか?
かっぴー 朝起きたら、なんか気に入らなくって(笑)。
カツセ あえてざっくりとした質問をさせてください。終わってみて、いかがですか?
かっぴー 終わったなあ、という感覚があったのは、最終話のネームができたときなんですよね。公開の数週間前にはネームが完成していたから、「終わった」というより「終わってた」って感じかなあ……。
カツセ 達成感は、大きかった?
かっぴー エレンと光一が再会した時点でもう、達成感のピークは来ていたんですよね。「ふたりが再会したら、この物語は終わるんだ」って、頭の中でずっと思っていたから。
カツセ 最終話公開後のSNSのリアクションは、どんな気持ちで見ていたんですか?
かっぴー 最終話はさすがに感慨深かったんですけど、ストーリーの後半は、そこまで読者のリアクションを気にしていませんでした。
カツセ それは、作品を終わらせることに専念していたから?
かっぴー うん。最後はもう描くしかないから、絵をちゃんと描こうと思って。
かっぴー 「少年ジャンプ+」でリメイクすることが決まっていたので、ちゃんと本気で描いてから、次に託さないとって思ったんです。「どうせリメイクされるんだから」と考える人もいるかもしれませんけど、だからこそ本気で描こうと。
カツセ それは、「ジャンプ+」にいい意味でのプレッシャーをかけるため?
かっぴー いや、バトンを渡す相手が見えたから、そこまで全力疾走しなきゃって。
カツセ なるほど。出しきった感覚はありますか?
かっぴー うん、一周目は、これでもうやり切ったと思えています。
左ききのエレンのつくりかた
カツセ 「左ききのエレン」と言えば、クリエイターの群像劇として、時間と場所が行き来するところに読者を引き込む魅力がありますよね。
かっぴー あれは、時系列が論理破綻しないように、登場人物の年表を全てエクセルで管理していました。
カツセ そこまでやっていたんですか!? ファンの方が、「時系列順に並べた」みたいな記事を出していましたもんね。よほど緻密なんだろうなあと。
かっぴー そうそう。論理破綻しないように、現実とすり合わせるのが大変だった。「ここはLINEを使おうか……」と思っても、2010年にはまだLINEがなかったりして。
カツセ 神谷さんがiPhone 3Gを紹介するシーンとか、今となっては当たり前のことを、大予言のように言うじゃないですか。でも、当時はあれが最先端だったんだなあと思い返しました。
かっぴー 細かな設定に関しては、挙げればキリがないほどあるんです。頭の中には30巻分くらいの話がある。でも、それを全て描くんじゃなくて、映画みたいに「どこを摘まむか」を考えていた。ずっと編集作業をしている感覚でした。
カツセ 「あそこの伏線が回収された」と、考察しているファンも多かったけど、それはかっぴーさんが“狙ってやった”というよりは、たまたま“覗き見えた”という感覚に近いのかもしれないですね。
かっぴー うんうん。たとえば、ニューヨーク編の後、ニューヨークに残ったさゆりはアンナキシの契約社員になる。そうやって、カメラが回っていないところにも、キャラクターはそれぞれ裏で動いているんですよね。
カツセ 本当に映画みたいだ。聞けばいくらでも出てきそうですね。
かっぴー うん、いくらでも出てきます。全キャラクターにそれぞれのストーリーがあるので。
読まれなかった時期の葛藤
カツセ 後半では、「少年ジャンプ+」でのリメイクについても伺いますが、まずはcakesで連載を始めたころの初心を思い出せますか?
かっぴー 4巻くらいまではなかなかPVが伸びず、何度も代表の加藤さんにやつあたりしてたんです(笑)。「なんなんすか、この媒体!」って、ずっと言っていた(笑)。
カツセ 恐れ多すぎる(笑)。なんでcakesにあたっていたんですか?
かっぴー 単純に、読まれないのはcakesのせいだと思っていました。「こんなにいいもの描いてるのに!」って自負が強かったんです。実際は、「左ききのエレン」という作品自体が、広まるのにものすごく時間がかかる内容だっただけなんですけど。
カツセ 読まれなかった時期の葛藤を伺ってもいいですか?
かっぴー 何回もやめようと思ってました。でも、なんだろう、自分が読者としておもしろいと思うものを描いてたから、自分が読みたかったんですよね。
カツセ 第一の読者が、自分だったんですね。
かっぴー 最新話は600RTくらいされていると思うけど、そのころは20RTとかもザラで。本当にしんどかったなあ、あのとき。
カツセ 自分が読みたい話を描いていても、それを読む人が少ないってことは、自分と同じ発想の人が少ないんじゃないかって考えてしまいますもんね。
かっぴー 結局、売れた漫画も売れなかった漫画も、作者はみんなおもしろいと思って描いているんです。だから、趣味が合う人(=読者になり得る人)がいかに多いか少ないかだけの問題だったんだと思う。僕は、エレンが最後には多くの人に読まれる作品になって、それがただただ嬉しかったなあ。
自分自身が光一からエレンの気持ちに切り替わっていく
カツセ 「左ききのエレン」は登場人物もかなり多いですが、全てかっぴーさんの中にある性格から、作られていますか?
かっぴー 割合はさておき、ほとんど全員、自分の中にいると思います。
カツセ かっぴーさんといちばん近いキャラクターは、誰だと思います?
かっぴー ……やっぱり、光一かなあ。
カツセ それは、自分は天才じゃないと思うことがあるから?
かっぴー うん。でも、後半は、完全にエレンの気持ちに感情移入していました。連載を一度休んだのも、光一のことがムカつきすぎて、描けなくなったからなんだよね。
カツセ どうしてそんなに、光一に苛立ったんだと思います?
かっぴー うーん……。光一が悪いというよりは、単純に、エレンの気持ちがわかりすぎたのかもしれない。 僕も連載中は、「かっぴーは、マンガだけ描いていればいいんだよ」みたいなことを言われることがあって。
カツセ それが、エレンと重なってくるわけですね。
かっぴー そう。机に向かって作品を作り続けて、それが多くの人に届いたとしても、果たして生身の人間である自分はちゃんと幸せなのかなあと考えるようになった。
カツセ クリエイターとしてではなく、ひとりの人間としての幸福度について共感した、と。
かっぴー エレンも、漫画家という職業も、ずっとひとりで戦っている。その辛さっていうのは、連載を始めたときにまだサラリーマンだった僕には、わからなかったんですよね。
カツセ そうか。エレンの連載が始まったとき、かっぴーさんはまだサラリーマンで、組織の中で光一のように働いていた。それから一年半の連載を経て、今は漫画家として、エレンのようにひとりで戦うように変化していったんですね。
かっぴー そう。だから、光一のように、たくさんの人間がいる中で強くなっていくのが、単純に羨ましかったのかもしれないです。
カツセ エレンは手紙にあるとおり、結局はすべての才能を肯定したんですよね? エレンはきっと、自分の対極にいる光一に本当にムカついていたと思う。けど、最後は認めたから、つまりエレン自身も、自分を肯定できたんじゃないかと推測しているんですが……。
かっぴー 結局、自分に自信がないときは、相手を否定することでしか自分を肯定できないんですよね。エレン、流川、さゆりは、自分を肯定するために相手を強く否定するシーンがたびたびあったけど、それは自分に自信がなかったからなんだと思う。
カツセ でも最後には、流川は光一の、さゆりはエレンの力になるんですよね。
かっぴー 読者のみなさんが感動してくれているとしたら、それは「自分と違う」という理由で否定していた相手に対して、「自分と違うからこそ、力になれるんじゃないか」と発想が切り変わる、その瞬間だと思うんです。そういうことは、現実世界でも起き得ることだから。
カツセ 「照らす側の人生」というフレーズが印象的だったのも、最後にはそれらの才能を埋めあうかたちだったからかもしれませんね。照らされる側の才能を持ったエレンと、照らす才能だった光一。それぞれがお互いと自分を認めることができたから、救われたように思えました。
かっぴー 最終話の副題が「天才になれなかった全ての人へ」になっているのも、第一話からこの物語の全てがエレンの手紙だった、という入れ子構造を考えたからなんです。どこまで手紙として見せるかはすごく迷ったんだけど、きちんと完結できてよかったなあと思っています。
聞き手・構成:カツセマサヒコ 撮影:福岡諒祠
同時公開中の後編はこちらから。
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