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「描きたかった部分の大半は、まだ描けていない」左ききのエレンのこれから

多くのクリエイターから大絶賛だった漫画「左ききのエレン」。「少年ジャンプ+」でのリメイク連載を明日に控えた今日、本編のあとがきとして、インタビューをお届けします。後編は、著者・かっぴーさんの頭の中に描かれる「第二部」の構想と、「少年ジャンプ+」のリメイク版で新たに挑戦することについて伺いました。聞き手は、かっぴーさんの友人でもある、ライターのカツセマサヒコさんです。(前編はこちら

「震災」と「五輪ロゴ問題」左ききのエレン誕生のきっかけ

カツセマサヒコ(以下、カツセ) 最終回の最後に、「第一部 完」と書かれていましたよね。あれだけの大作を描きながら、第二部の構想があるのかと驚きました。

かっぴー ふと思ったんですよね。僕はエレンを描き始めたときに伝えたかったことの、大半はまだ描けていないんだなあって。

カツセ でも、「左ききのエレン」は、連載開始時点で終わりまで考えて作られていたんですよね?

かっぴー 第一部についてはそうなんですが、最初に描こうと思ったのは、もっと違うことだったんです。

カツセ と、言うと……?

かっぴー 「左ききのエレン」を描きはじめたのは、「五輪ロゴ問題」っていう、大きなきっかけがあったからなんです。

カツセ あ、佐野研二郎さんのデザインが、盗用だと騒がれた事件ですね。

かっぴー あの事件が起きて、クリエイターは本当に元気がなくなった。「日本のデザインは終わった」って、絶望させられていたんですよね。 それをどうにか元気にしたいと思ったのがきっかけで、「左ききのエレン」の構想が始まったんです。

カツセ 当時はかっぴーさんも広告クリエイターですし、ものすごく身近なテーマだったんですね。

かっぴー 2010年12月の皆既月食の日を舞台に、エレンの第一部は終わります。それから3カ月後の3月11日に「震災」が起きて、日本は大きく変わりました。その後少しして元気が戻ってきたところで、今度は「五輪ロゴ問題」が起きた。

カツセ そうか。じゃあ、「左ききのエレン」の第一部は、言い換えるなら「震災以前編」なんですね。

かっぴー そう。その言葉はさすがに使えなかったけど。 だから、最初に描こうとしたのはむしろ「震災後」のことだったんだよね。震災と五輪ロゴによって落ち込んだクリエイターたちを、何らかの方法で元気づけたかったんです。

「第二部の主人公は、“広告が嫌いなやつ”」

かっぴー たとえば、柳は、震災後に鍵を握るキャラクターです。柳は五輪ロゴ問題があって、会社をやめる。そのエピソードのために作ったキャラだったんです。

17話より、上司の忌引による欠勤を「甘い」と切り捨ててからの、柳の印象的なセリフ

カツセ そこまで見越して描くつもりでいたんですね。

かっぴー デザインを本気でやってきた人ほど絶望したと思うから、それを柳に背負わせたかったんですよね。 でも、震災以後の話を描くには、かなりキツい現実に向き合わないといけない。そういう意味で、第一部がここで終わったのは、ちょっとよかったと思っています。

カツセ 第二部のキャラクターは、柳以外も決めているんですか?

かっぴー 主人公はイメージできていて、“ものすごく広告が嫌いなやつ”。 「広告業界ってなんなのか?」ってことをやるためには、広告のことを憎んでいる人間がどうしても必要なんです。

カツセ リアルだなあ。「五輪ロゴ問題」なんかは、まさに内側と外側の両方を描かなきゃいけないテーマですもんね。

かっぴー そのときは、神谷さんをはじめとするクリエイティブブティック「アントレース」もまだ描ききれていないので、光一・流川VSアントレースという構図も描かなくちゃいけないと思っています。

カツセ それは、ファンが大騒ぎしそうですね(笑)。

神谷、八谷、戸塚の3人でつくられたクリエイター集団「アントレース」(最終話より)

カツセ 第二部を描くなら、「ジャンプ+」での掲載になるんですか?

かっぴー いつ、どんなかたちで描くかはまだ決めていないんです。でも、たぶん最初はこれまでと同じように自分で描いてからかなと、今はぼんやり考えています。 ジャンプ+版の書籍が売れなかったら、気持ち的にかけないかも(笑)。

リメイク版は、原作では描けなかったシーンも

カツセ 第一部で、もっと描きたかったのに泣く泣く削ったエピソードとかはありますか?

かっぴー とくにニューヨーク編は、もっと描きたかったですね。あれは、描いていておもしろかった。

カツセ アクション映画みたいなスピード感が出てきたのは、あのあたりからでしたね。ルーシーが出てきてから、グッとおもしろくなった気がします。

30話のルーシー初登場シーン

かっぴー 美大編も全然描けなかったし、もっと描きたかったなあと思うシーンはほかにもいっぱいあるので、「ジャンプ+」でリメイクするときには、できるだけ盛り込もうと思っています。

カツセ え! cakes版をそのままリメイクするんじゃないんですか!?

かっぴー まさか。cakesの連載で端折って後悔した部分は、どんどん足していこうと考えています。

カツセ うわー、それはテンション上がりますね!

かっぴー 世界観を壊さないようにするために、あまりむやみに新キャラは出さず、話の筋も変えないつもりです。 でも、映画で言うところのカメラが増える感覚で、今までは光一の方しか向いていなかったカメラが、2カメ、3カメと増えてくるようなイメージでいます。

カツセ それは期待値がかなり上がりますね。

かっぴー 「ジャンプ+」のリメイク版は、ネームのやりとりの時点で、すでにものすごく楽しいんです。

カツセ 感覚的に言うと、リメイクはRPGの「強くてニューゲーム」に近いんじゃないですか?

かっぴー そうそう。今回のリメイクのことをどう捉えるか考えたときに、一番しっくりくる言葉が“二周目”だったんですよね。これは単なる二回目って意味じゃなくて、一周回って遠心力が加わった、より速く、強い“二周目”だと思っています。

カツセ 巻き込む読者の数もまったく違いますし、完全に勢いに乗った状態からスタートですもんね。

かっぴー 加速して加速して、加速しきったところで二周目に入る感覚ですから、もう、ネームが一周目のときより格段にうまくなった実感があって(笑)。 多くの人が「この作品は荒削りなままのほうがいい」って言うけど、今回のリメイクは荒削りの“角”をなくすものではなく、その“角”を磨く、もっと立たせるためのものなんですよ。

カツセ 尖っているところは、より鋭利になるんですね。

かっぴー そう。だから本当に、作画を担当してくださるnifuniさんと出会うまで、すごく時間がかかったんですよね。

(nifuniさんのtwitterより)

カツセ 作画担当は、リメイクの柱ですもんね。

かっぴー もう慣れちゃったファンも多いから、「かっぴーの絵のほうがいい」って言ってくれる人も、それなりにいます。 だから、「俺は、本当はこう描きたかったんです!」って絵を描いてくれる人を、ちゃんと見つけてきました。それがnifuniさんだった。

カツセ なるほど、nifuniさんと組むことによって、より解像度を上げることになるんですね。

かっぴー そう。cakesでは描けなかった細かな描写や端折ったシーンも描けるようになったので、「単なるリメイク」と思わず、楽しみにしてもらえればと思っています。

「連載初期から読んでくれていた人たちに、胸を張ってもらいたい」

カツセ 最後に、これまで読んでくれた読者の皆さんに伝えたいことはありますか?

かっぴー 僕、「左ききのエレン」が初めての長編だから、それまで一本も話を完結させたことがないんです。

カツセ はい。

かっぴー だから、もしかしたらひどい終わり方をするかもしれなかった。僕も漫画が好きだからわかるけど、エンディングで失速していく作品って、たくさんあるわけで。要するに、「かっぴーは、ちゃんと最後まで描いてくれる」って、まだ誰とも約束できていない状態だったんです。

カツセ 作者と作品における信頼みたいなものがなかったんですね。

かっぴー そう。絵も汚いし、飲食店で言えば、外装ボロボロの店なんですよね、左ききのエレンは。

カツセ なるほど。入店するのに勇気がいるし、おいしい料理がでてくるかもわからないってことですね。

かっぴー そうそう。むしろ、「こんな外装でうまい料理なんて、出てくるわけねえじゃん」って普通は思うから、初期から読んでくれている人ほど、通だと思う。「お、この店は、なんかあるぞ?」って気づいてくれて、「ああ、ちゃんとおいしいわ」って言ってくれる人がいたから、連載を続けてこれたんです。

カツセ そうか。最初にこの作品を見捨てなかった人たちこそ、感謝したい人たちなんですね。

かっぴー そう! だから「ジャンプ+」でリメイク版が始まったときには、その人たちには思いきりドヤ顔してほしいんです(笑)。

カツセ いい話になってきましたね(笑)。

かっぴー もちろん、リメイク版はしっかり改装されるんです。看板もキレイにして、キッチンも掃除して、リニューアルオープンって大きく宣伝する。味も、手間暇かけてもっとおいしくなります。 それでも、cakes連載初期のオンボロな店に入ってきてくれた人には、「あの店、俺が見つけたんだぜ」って言ってほしいんです。そして、胸張ってそう言ってもらえるように、これから頑張らなきゃいけないと思っています。

カツセ 見る目がある読者に恵まれた作品だったんでしょうね。これからも応援しています!

かっぴー ありがとうございます!

(おわり)

聞き手・構成:カツセマサヒコ 撮影:福岡諒祠

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