コンビニ前でたむろしてる若者に絡まれた話

漫画家のかっぴーです。

漫画を描く前、いつも音楽を聴きながら散歩するのがルーティンなんですが、つい先ほど深夜のコンビニ前でたむろしている若者に絡まれました。

深夜2時半頃、2,30分歩いて頭も整理されてきたので、そろそろコーヒーでも買って帰ろうと思いました。コンビニの前に20代前半の若者が5人くらい座り込んでいたのが見えましたが、最近コロナの影響なのか居場所を無くした若者が路上で乾杯してるのを何度か目撃していたので、特に気にせず通り過ぎようとしました。

「ぽぅ!」

確かにヘッドフォン越しにマイケルジャクソンの様な声が聞こえてきました。「ぽぅ!ぽぅ!ぽぅ!」と何度も繰り返されます。ぼくは何だろうと思って、その音の方を見ると、その若者達の真ん中に鎮座しているリーダー格と思わしき男の子が、明らかにぼくに向かって「ぽぅ!」と連呼しているのです。

ぼくはイカツイ外見とは程遠いので、街中で絡まれるという事もほとんど無い人生でした。正確には高校時代にめちゃくちゃ絡まれやすい時期があったので、学ランって喧嘩を引き寄せるんだなと今では思いますが、少なくとも漫画家になってからは初めてだったと思います。広告代理店時代は、一緒にクラブに遊びに行った同期が髪の毛掴まれてクラブ中を引き摺り回されてるのを目撃した事がありますが、あれは自業自得だったし良い思い出です。

ぼくはヘッドフォンを外し、マイケルジャクソンの方に3歩近づきました。目の前まで行くのは怖いので、ソーシャルディスタンスを守りました。

「何よ。」

しばらく忘れていましたが、ぼくは感情的になると口調がお姉さんになるんです。OLみたいな口調になります。自分でも少しイラッとしてる事に気がつきました。「何よ。」と、深夜のコンビニ前でお姉さんは言いました。

「あ?なんすか?」とマイケルジャクソン。

ぼくは悟りました。これ、この先は無いなと。このマイケルはノープランで、お酒を飲んで気分が大きくなってノープランで通りすがる大人を挑発して遊んでるだけだと。何の目的も無い、行き場の無い「ぽぅ!」なのだと。このハイになってる感じ、ぼくはお酒を全くやらないので分からないのですが、この状態になってる友達は何度か見た事があるので、理解はできました。

正直、ぼくは職業病と言うか「絡んでくる若者ってどんな感じ」という取材がしたくなっていました。漫画でよく不良が絡んでくる描写ってありますが、なかなかリアリティあるのって少なくて「そんないきなり来るの?」と思う事が多い。目の前の現実では、まだ「ウザ絡み」の状態なので、ここから「本絡み」に移行するのに、どういうステップがあるのか見てみたくなりました。

「いや、何か言ってたから。」と、お姉さん(ぼく)が言うと

「いやいや、怒んないで下さいよ〜!」と、マイケル。

やっぱり先は無いのかと、若干の不完全燃焼を覚えつつ、ぼくはヘッドフォンを耳に戻し、コンビニに入ろうとしました。

「ぽぅ!」

振り向くと、やはりマイケルでした。マイケルは、今度はさっきより険しい顔で奇声を発しています。この感じ、理解できる。このままぼくを行かせては、注意されて大人しくなった形になってしまう。振り上げた拳を、そのまま元に戻すなんてできない。だとしたら道は一つしか無い。「ぽぅ!」だ。「ぽぅ!」を最後に思い切り浴びせる事で、トータル勝ったと思わせたい。ぼくに、そして仲間たちに。

最初の一発目の「ぽぅ!」から分かってたけど、本当に殴り合いの喧嘩とか求めてる人は、こういう絡み方してこないし、何よりぼくみたいなタイプに絡んでこない。初めから、この邂逅の結末は「ぽぅ!」に始まり「ぽぅ!」で終わるしか無かったんです。「ぽぅ!」以上でも以下でも無い。ただの「ぽぅ!」なんです。

ぼくもぼくで歯切れの悪い思いをしながら、コンビニ入りコーヒーをレジに持って行きました。すると、またもや後ろから「ぽぅ!」が聞こえてくるのです。もうめんどくさいので「P」としますが、後ろからPPPとマイケルが連呼している。

「またなの?どうした?」

「は?いや並んでるんすけど、レジ。」

分かるよ、この邂逅を歯切れの悪い形で終わらせたく無い気持ち。若者的には、大人を挑発して怒らせて、それを威圧して逃げさせるとか、そういう事でストレスを発散させたかったんだろうし、ぼくもぼくで漫画みたいに「おっちゃん、金出せや」くらいに言われてみたかった。お互いが、お互いに不満がある。もっと来いよと。だからって、君、コンビニの中までついてくるな。店員の前で、このやりとりが発展する訳が無いだろ。

ぼくはPPP言ってる若者が会計をしている時、レジ横でアイスコーヒーを入れていました。そこで考えたのです。この邂逅を気持ちよく終わらせる方法を。このままでは、この若者は微妙な感じで仲間の元に戻らないといけないし、ぼくも微妙な感じで仕事に戻らないといけない。これでは、お互い負けだ。相打ちだ。

会計を終えたマイケルが、ぼくの後ろを通る。チャンスは一度しか無い。ぼくは、この戦いを終わらせないといけない。年長者として。

「楽しそうね。」

お姉さんは、そう言いました。エレガントに、精一杯の大人感を出して。余裕満々に言い放ちました。

「は?」マイケルは驚きました。

「楽しそう。友達と飲み会。」

そう言いながら、ぼくはマイケルの瞳を直視しました。ガン見です。絶対に目を逸らしてはいけない、野生の動物を相手に。そうすると、マイケルはぼくに言いました。それは漫画のステレオタイプな不良とは違う、リアルで意外な言葉でした。

「社長ですか?」

「えっ?」

「お兄さんは、社長ですか?」

「えっ?」

「社長っぽい。」

マイケルは、ぼくが社長という事を見抜きました。そうです、ぼくは株式会社なつやすみ代表取締役社長。ミスター社長です。

「お兄さん、クリエイターっぽいスね」

マイケルは、ぼくはクリエイターという事を見抜きました。そうです、ぼくは(略)

「はは、もういいから。行きなよ。」と、お姉さんは言います。

「お兄さんって…なんか…優しそうっすね。」

マイケルがそう言った瞬間、ぼくは「ここしか無い!」と思いました。このグダグダの邂逅を綺麗に終わらせる唯一の瞬間だと。ぼくは、この戦いを終わらせる!ちょうど入れ終わったアイスコーヒーを手に取り、ゆっくりと蓋をすると、ぼくとマイケルは一緒にコンビニを出ました。コンビニ前で待機してた仲間達が驚きます。

「と、ともだち!?」

何という奇妙な夜でしょうか。仲間目線で見れば、不完全燃焼で“追い絡み”をしに行ったはずのリーダーが、あろうことかターゲットであるおっさん(社長でクリエイターでお姉さん)と肩を並べてコンビニから帰還したのです。驚くのも無理はありません。彼らが「と、ともだち!?」と腰を抜かした次の瞬間、ぼくはいよいよ最後の台詞を言わねばなりませんでした。漫画で言う最後のページです。このグダグダになりかけた読み切り短編(25P程度)を綺麗に終わらせる義務が、ぼくにはあるのです。マンガ家として、社長として。ぼくは、彼らに背を向けながら、そこそこ大きな声で言いました。




「おやすみぃーーーーー!!!!!!」




こうして、社長は無事おうちに帰りました。

おしまい

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