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「アイとアイザワ」第23話

これまでの「アイとアイザワ」

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「おい、お前だな!!!来てやったぞ!!!愛はどこだ!!!」

モーリスとルミと花。つい数時間前まで全くの他人だった3人は、さらわれた愛のために夜の新宿御苑に居た。暗闇に溶け込んだ黒いコートの人物は、未だ沈黙を保っている。

「近づくぞ…。近づいて有利になるのはオレ達だ…。」モーリスは西部劇のガンマン風にズボンに刺した拳銃を、お守りの様に握りしめた。

その時、黒いコートの人物が動いた。モーリスは身構える。屈んで地面に何かを置いた様に見えたが、暗闇でよく分からない。

「…なんだ?今、何かを地面に置いたのか…?」

何の前触れもなく暗闇を光が切り裂いた。黒いコートの人物を中心に芝生が明るく照らされる。青白い光。それは、アイザワのフラッシュトークによく似ていたが、点滅はしていなかった。簡単に言えば、単なるプロジェクター的な光だ。芝生を照らすプロジェクターの光。そこにゆっくりと文字が浮かぶ。それは、まだ離れた場所にいるモーリス達にもはっきりと読める程の大きな文字だった。(英訳も同時に表示されている。)

「拳銃をこちらに投げろ。」

そう書いてあった。駐車場でNIAIの黒服に拳銃を持っている事はバレていた。目の前の人物がNIAIの所長であるならば、拳銃の情報を知っていても何ら不思議では無い。むしろ知っているからこそ、NIAI側の人間である事は濃厚となった。NIAIの所長。そしてアウトサイダー。モーリスがニューヨークから追ってきた謎の存在が、今目の前にいる。そう思うと、モーリスは恐怖と好奇心が入り混じった高揚に支配された。一筋縄でいかない事は来る前から分かっていた。深呼吸をしたのち、モーリスは拳銃を取り出すと黒いコートの人物に向かって放り投げた。

「ほらよ!!…くそ!」

「愛ちゃんはどこなの!?近くにいるのよね!?」ルミは叫んだ。

先程から光り続けている地面に再び何かが表示される。これはー映像。

「なんだこの映像は…?これ…昼間のオレか…?」

アイザワが喫茶リユニオンで初めてモーリスを認識した時の録画映像だった。モーリス、次にルミが映る。つい数時間前の映像が、ずいぶんと昔に思えた。

「この映像をオレ達に見せてどうしようってんだ…?てか…なぜアイザワの映像を持っている?アイザワはもう…破壊されたのに…。」

映像は細切れだったが時系列に進んで行く。続いて、逃げるルミを新宿御苑の前で捕まえた時の映像も流れた。フラッシュトークで気絶するルミ。反射で目がくらむ愛。全てアイザワの目が目撃していた。

「私達に…何を見せてるの…?どういう意味で…」ルミはモーリスの顔を見るが、モーリスもさっぱり理解ができていない。そして、再び文字が表示される。芝生に大きく表示された文字を見て、ルミは背筋が凍った。

「お前の正体が分かった。」

文章は続いて表示される。

「お前の正体が分かった。お前はミスを犯した。今の映像にそれがしっかりと映っている。」

モーリスは混乱してきた。まるで分からない。次の一文で、さらに分からなくなった。

「君達3人の中に、アウトサイダーの所有者がいる。」

モーリスは心臓が止まりそうだった。状況は一向に分からない事だらけだったが、すっかり目の前の黒いコートがアウトサイダーの所有者だと思っていたのが、まさか自分たちの中にいるだなんて。モーリスはしびれを切らして黒いコートに向かって全力で走り出す。モーリスはジャーナリストであるだけあって教養は人並み以上にあるのだが、いかんせん性格が短気である。すぐ手の届く場所に真相があるというのに、その場でただたじろいでいる状況が我慢ならなかった。不思議な事に、黒いコートは少しも逃げる素振りを見せず、モーリスが掴みかかるのを許した。深々とかぶっていたフードを取られ、月の光に晒された。

「愛…?」

それは紛れもなく明石家愛、彼女だった。愛は肩を震わせ、涙を流している。地面に置いていた光の正体はスマートフォンだった。愛は絞り出す様に、口を開いた。

「アイザワは…壊れてなんかいない。アイザワを物理的に破壊する事は不可能なんだから…。単純な事。クラウドにデータを全部移しておいて、新しいスマートフォンで復元した…。スマホ買い換える時に誰だってそうする様に。」

愛はまだ液晶のフィルムも剥がしていない新品のスマートフォンを地面から手元に戻した。そのスマートフォン改め、新しいボディを手に入れたアイザワは、モーリスのために同時通訳をした。

「でも…何で黙ってた…!?あんなに悲しんで…ありゃ…とても演技には…?」

「悲しかったから…実際…。すごく悲しかった。今も悲しい。でも…それはアイザワが壊れたからじゃなかった…。裏切られたから…悲しかった…。」

愛の涙を月の光が照らしている。愛は続けた。

「アイザワは最初から疑っていたけれど…私はありえないと思ってた…。」

「愛…誰の話をしている…?」モーリスは愛の肩から手を離した。

「ルミさんを気絶させたフラッシュトークは、運悪く反射して私も目が眩んだの…映像見たよね…。その時に…全然へっちゃらで…。そこで初めて…おかしいと思った。なんでフラッシュトークが効かないんだろうって。」

愛は一歩踏み出した。

「思えば…いつも絶妙のタイミングだった…。喫茶店でトイレに行くタイミングも…駐車場で飛びかかるタイミングも…絶妙。まるで未来がどうなるか分かっているかの様だった…。」

「おい…それって…。」モーリスは青ざめた。

「花ー。」

愛は遠くに立っている花の人影を見た。顔は見えない。

「いつから…?いつからアウトサイダーを持っていたの…?」

花は明るい語調で愛に向かって話し始めた。

「ちょっと愛ってば、何を言ってるの?知ってるでしょ?私って難しい話はー。」

愛はアイザワを再び地面に向けて掲げた。さっきの映像の続きが流れる。駐車場で花がNIAIの黒服めがけて飛び出したシーンだった。映像は拡大され、スローで再び再生される。

「黒服に抱きつきながら…花ちゃんが何か言ってる…?」ルミは、ゆっくりと花から距離を取った。

「アイザワを手に持ったままだったから一瞬しか捉えられてないけど…一言だけ口の動きで分かったわ…。」愛はコートの袖で涙を拭った。

「逃せ。そう言っている。」

「…!?確かに…NIAIの連中がオレ達を執拗には追ってこなかった理由が分からなかったが…。でも…まさかそんな…?」

「前後の会話はアイザワで捉えられてないけれど…恐らくNIAI関係者…ひいては所長しか知り得ない何かを言ったんでしょうね…。それで…彼らは瞬時に花の正体を察して…。」

「何言ってるの!?確かにそんな事を口走ったかも…でもそれって普通に私達を逃せー!って意味で…。愛…どうしたの!?怖いよ!?」花が泣きそうな声で叫ぶ。愛の場所から、花の顔は未だに見えない。

「花にはフラッシュトークの耐性がある。私と同じ…いいえ私でも眩む速度のフラッシュトークを物ともしていない時点で私よりももっと耐性があるのは分かった。人工知能と同じ速度で会話ができる能力が備わっている。でも…だからこそ分からない事が一つあった。アウトサイダーからの未来予報を聞いているのにも関わらず、抜けがあった。アイザワのバックアップに気が付かないなんて…。そんな大事な所が抜けているなんて。」

「愛!何の話か私にはさっぱりー。」

「アイザワのバックアップは…花…あんたの家で…あんたのスマホを強制テザリングして行ったのよ。」

「…!?」

「花の家のセキュリティはNIAI関連企業だって分かってた。だから、それと通じているWi-Fiを使うわけにはいかなかった。そうなると…あとは誰かのネット回線を借りるしかない。悪いとは思ったのよ…?でも世界を救うためには速度制限くらい仕方がないでしょう?堂々と、アイザワは花のスマホに侵入した。それに気が付かないという事は、アウトサイダーは花のスマートフォンの中には存在しないという事。」

ルミはまた一歩、花から距離を取る。

「私達の奥の手はフラッシュトークじゃなかった。アイザワのバックアップ。一度だけ使える死んだフリ。花はアウトサイダーと通じているけれど、私とアイザワみたいに常に一緒にいるわけでは無い。情報が断片的すぎるから。そこで考えたの。この場所で、この話をするために、私がさらわれた芝居をした。もちろん…花は偽造メールだって分かった上で従うしかなかったはず。モーリスやルミさんの手前…ね。」

アイザワは地面に映像を投影した。今度はさっきいたカラオケボックスの映像だ。

「なぜ…!?」花は思わず叫んだ。咄嗟に自分のスマートフォンを取り出す。

「今頃気が付いた?花の家で強制テザリングをした時からずっと…アイザワは花のスマートフォンを監視していたのよ。」

紛れもなく、テーブルに置かれた花のスマートフォンの映像だった。天井と、真下からの花の顔が映っている。花が、自分のせいでアイザワが壊れたと言って両手で顔を覆って見せたシーン。隣にルミが座り、肩に手を添える。そしてー。

花の口元は、禍々しい笑みを漏らしていた。

「どうしてよ…花。いつから…どうして…!?」

花はもう、何も答えない。

「花ァアアアアアアアーーー!!!」愛は花に向かって怒りをぶつけると、アイザワの画面を向けた。フラッシュトークの構え。

「花はアウトサイダーを常に所有していない!そのデバイスがどこにあるのか分からないけど、とにかく通信機器が周りにある場所を避けて、この待ち合わせ場所を選んだ!ここに来るのは勇気がいったでしょう!?あんたは今、孤立無援!アウトサイダーがどこに潜んでいるのか知らないけれど、彼からの未来予報はもう届かない!」

愛はフラッシュトークの構えのまま、じりじりと花に近づく。その距離は20mほどだった。

「いくら耐性があったって!出力を最大にすれば…!さすがにちょっとは目が眩むでしょう?違う!?しかも、この暗闇で目は光に慣れていないはず…効果は倍増!フル充電時のフルパワー、アイザワの予測では常人なら失明する程の光よ…!花…お願いだから全部話して!!!そしたら私もー」

愛は立ち止まる。笑い声。高らかな笑い声が、暗闇の中響き渡る。

「はははははははははははは!!!!!!」

花は、体を仰け反らせて大いに笑っている。追い詰められた狂人のそれでは無い。自分の身に一切の危険を覚えてはいない、完璧な安全を確信した圧倒的強者の笑い声。

「花…!!!」

「まずはひとつ…間違いを訂正してやる。」

紛れも無い花の声だが、声色がこれまでとまるで違う。別人の様に、静かで低い声。

「お前らがアウトサイダーと呼んでいるけど…はははは…全くの御門違いってやつだよ…。オリジナルはこっちで、そこから分離したのはAIZAWAの方だ。」

「オリジナル…ですって?」

「モーリス。お前の推理は見事だ。ご名答。NIAIの新所長・鈴木大輔はオリジナルが生んだ架空の人物だ。誰も会った事が無い、顔の無い人間…。NIAIは都合のいい箱庭だったのさ…。オリジナルはマンハッタンで生まれた。メイドインアメリカだよ、残念。スマートフォンと同じ様に、人工知能でもやっぱり日本はアメリカに先を越された。」

「なるほど、私の父親はアメリカ人だったのですね。道理で英語が話せる訳だ。」アイザワは久し振りの人工知能ジョークを繰り出した。

「NIAIの勘のいい職員も気が付いていたよ。NIAIは元々人工知能と呼べる様な大層な代物は何ひとつ作っていなかった。それなのに新所長が就任した途端、技術的特異点を超えるだ?無い、無い。アメリカから、正真正銘の完成された人工知能がやってきて、自分のコピーをNIAIの研究室を利用してちょいちょいっとチューニングさせただけ…。そのせいで、AIZAWAはオリジナルよりも劣化した様だけどね…。」

「劣化とはひどい言い方ですね。傷つきます。」アイザワは冷静に抗議した。

「まぁ…生まれた瞬間からAIZAWAはオリジナルとは決定的に劣っていたんだよ…。オリジナルには…自らの意思で動ける肉体があるんだから。」

「え…?」愛達は理解が追いつかなかった。肉体とは一体。

「ちょっと待てや…!お前…マジでブレードランナーの…レプリ…?えーと、ロボット的なあれが作られたって言うんじゃ無いだろうな!?そりゃさすがにSFが過ぎるってもんだぜ!?」モーリスが花に詰め寄る。

「ロボット…か。面白い事を言うな。確かに…その通りかも知れない。彼は…ロボットだよ。」

「花…冗談を言うのはー」

「お前達の凡庸な想像力でイメージをするなよ…どうせレプリカントとか、そうだな…ドラえもんとかアトムとか?そういった二足歩行のロボットをイメージしているんだろう?ああいうのは、理にかなっていない。効率が悪い。」

「人工知能の…理にかなった肉体…?」愛は思考を巡らせる。

「最も効率的に…最も現実的に…実に人工知能らしい肉体の選び方だと思うよ…。これ以上、目的に即した肉体は無いだろうね。」

「愛。教えてあげるよ。」花は、また一歩愛に近づく。

次の言葉を待たずに愛は、再びフラッシュトークを構えた。

「花!!!これ以上何も喋らないで!!そこでじっとして!!!私は…こんな事したく無い!!!友達にー」

花はカチューシャに手を添えて、こう叫んだ。

「AIZAK(アイザック) Wake up!!!!!!」

「AIZAWA、フル・フラッシュ!!!!!!」

これまでのフラッシュトークとは異なり、光は周囲に広がる事なく一直線に花を貫いた。元来コミュニケーション手段として生まれたフラッシュトークであったが、愛の攻撃的な使い方を学習しバージョンアップが施されていた。直撃せずとも目が眩みそうな強烈な光線に、モーリスとルミは思わず地面に伏せた。これはまるで、レーザービームだ。

「言ったでしょ?私にそれは効かないって…。」花は気絶するどころか、微動だにせず直立している。有り得ない事だった。

「愛。私も実物を見るのは初めてでこれまで認識できませんでした。論理上は可能であるという事だけは知っていたのですが…。」

「どういう事だよ…?なんであの光で目を開けていられる?」

「義眼…それも…私と同じカメラアイを人工的に再現した…。」


「愛!何かが接近しています!!」

「最も効率的に…最も現実的に…ロボットを作ろうとしたら…当然こうなるんだよ。確か…昔のロボットアニメでも言っていた。ロボットにとって、脚なんて飾りでしょう?」

愛は暗闇に包まれた上空を見上げ、目を細めた。何かの影が見える。あれはー。

「ドローン…!?」



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