【急遽】「どうしてネタバレを書いちゃダメなのか」を書きました。

漫画家のかっぴーです。ぼくが少年ジャンププラスで連載している「左ききのエレン」は、いわゆる“ワンパンマンのパターン”で、nifuniさんの綺麗な作画とは別に、ぼくが自分で描いてる原作版というものがあります。原作版は現在もcakesという媒体で連載中です。

ジャンプラには読者が自由にコメントを投稿できる「コメント欄」があるんですが、すでに原作を読んで下さってる方の中には、若干数ですがネタバレに近いコメントを書かれてる人達がおり、ジャンプラだけの読者(こちらが圧倒的多数派です)が嫌な思いをしています。

ぼく個人の見解では、コメント欄は「展覧会に置いてある自由帳」的な認識なので、誰かの誹謗中傷や下ネタなど、明らかに「公共の場で言ってはダメな事」で無い限り、何を書くのもある程度は自由だと考えていますが、ネタバレに関してはどう考えるのが正しいでしょうか?

もちろん無くなればベストなんですが、ただ「ネタバレを止めてくれ」と言っても、あんまり効果が無さそうだと予想しています。というのも、ネタバレをする方は知らない状態に頭を戻せないため、どの程度がネタバレに相当するか判断がし難いからです。そして、実際どの程度がマナー違反になるかの尺度も人それぞれだと思うので、明確な線引きが出来ず、闇雲に「ありとあらゆる全てのネタバレを断固禁ずる」としてしまうと、原作読んじゃった人が何も言えなくなってしまうなと。だから、どう考えるのがハッピーなんだろうかと。

その一つの考え方として、同じインターネットでも場所が変われば規範も変わるという事を踏まえてみて欲しいです。例えばTwitterは「人通りの多い街中」みたいなものなので、街中で歩いてる時にネタバレを食らっても、ある程度は自己責任かと思います。この場合、きっと作品名で検索したりしてるはずなので、自分で見に行ってるからです。では、コメント欄はこれと違うのでしょうか?自分でコメント見に行ってるでしょ?と考える方もいらっしゃるかも知れませんが、さっきも書いた通りコメント欄は「展覧会の自由帳」の様なものだと考えているため、その展覧会に関するコメントをするのが本来相応しいはずです。また、その自由帳の役割は見終えた作品の余韻に浸る事なので、ネタバレが嫌なら読むなというのは暴論ですね。

もっと言うと、そもそも「応援コメント」と表紙に書いてある自由帳を開いたら関係の無い情報が書かれていた事自体がガッカリの要因だと考えます。その際たる例がネタバレ情報ですが、それ以外の「期待していない情報」の全てがガッカリなんです。まぁ、これも厳密に言い出すと「考察」とかも応援(=感想?)とは少し違うので悩ましい所ではありますが、少なくとも「多くの人が原作に関する言及を期待してない以上、それを読ませるのはモテない」という事です。

また、ここまで読んで下さった方には理解して頂けるかと思いますが、ぼくのツイッターアカウントなどは応援コメント欄とは立ち位置が異なり、「リメイク版原作者」であると同時に「原作版作者」でもあるため、原作版の話もたくさんします。一応、無闇なネタバレは書かない様にしているつもりですが、そもそも原作版を連載してる以上ネタバレに相当する情報はツイートします。それがイヤな方はフォローしないでおいて下さい。少年ジャンプ+の公式アカウントさえフォローしておけば、ジャンプラ版のエレンに関するお知らせなどは見逃さないはずです。

何だか、これすらネタバレにあたる気がして心配になってますが、一つだけハッキリ言えるのは「ジャンプラ版のエレンは、原作版より面白くなるからネタバレは意味ない」という事です。

このブログを読んで「もう何を書いたらいいか分からない!」となってしまった方がいらっしゃるかも知れませんが、コメントはなんぼあってもいいですからね(byミルクボーイ)書く事に困ったら大きな声で「いいジャン!!!」とだけコメント下さい。よろしくお願いします。

これからもnifuniさんと頑張って連載するので、良かったら単行本買って下さい。単行本にはネタバレは書いてありませんよ。







サポートも嬉しいですが、よかったら単行本を買ってください!