見出し画像

足助のおばさんと教育 18 高校生4

夢のつづき 4

    夢のつづき
第4回 鶴舞線
(前号まで:千種高校に入り、新聞部に入部した由芽子の前に、松田君が現れた。)
 学祭が終わると、千種高校ではもう二年生が部活を引退する季節となる。運動部も文化部も、それぞれ一年生が主役となって新しい活動に入るのだ。由芽子たち新聞部では、この時期に活版印刷の新聞を出す事が、はじめて取り組む大きな仕事だった(予算の関係で、他の時期には今は懐かしいガリ版ずりで印刷していたのだ)。後田君や島崎君と話し合って、由芽子たちは共通一次に関する記事を特集することにした。
 相変わらず、水田君や生徒会のメンバーとともにわいわいガヤガヤとやっていた由芽子に、水田君が抱いていた気持ちはまだ知るよしもなかった。
 その頃、由芽子が住んでいたのは八事のやや南で、八事でバスを乗り換えて本山から地下鉄に乗るというのが、由芽子の通学路であった。
 70年代の後半は、高度成長期の決算ともいえる時期で、各種の公共事業が次々に形になっていた。八事には、かつて路面電車が走っていた道路の中央に細長い穴が掘られ、騒々しい工事が行われていた。いつ果てるともしれない工事だと思っていたがある日、ピカピカの駅が出現して、地下鉄の開通式が行われることになった。
 高校も一年が終わろうとしていた春のある日、鶴舞線の開通式が行われた。ミーハーだった由芽子は八事発の第一便に乗ろうと家を出た。午前10時に発車の予定だった電車に乗るために、由芽子は9時55分に八事駅に着いた。券売機の前には、すでに大勢の行列ができていた。やっとのことで切符を手に入れた由芽子はホームへと急いだが、ぎゅうぎゅうづめの第一号電車は一足違いで発車してしまった。やむなく由芽子は、15分後に来た第二号の電車に乗って目的地である鶴舞図書館へと赴いたのだが、すし詰めだった一号車と違って二号車はガラガラ、真新しい電車のにおいと誰も足跡のつけていない床を眺めて、二号車もまんざらではないと思っていた。
 鶴舞線の開通に伴い、由芽子は八事から伏見をまわって一社へ向かうという、相当大まわりの通学路を選ぶことにした。バスの走行距離との関係で、この方が定期券が安くついたのである。その代わり、今までより早く家を出なければならないが、定期券で鶴舞や栄で自由に乗り降りできる魅力も捨てがたい。八事が始発駅なので必ず座れるし、読書にはかえって都合がよかった。その上、思いがけない出会いが由芽子を待っていた。
 ある日、いつものように電車の中で文庫本を読みふけっていた由芽子の頭の上から、聞いたことのある声がした。
「本当に乗ってるんだ」
 声の主は、水田君だった。川名に住んでいた水田君は、自転車で本山へ出るという通学方法をとっていた。この日、たまたま雨が降ったので、やむをえず地下鉄を利用することにしたが、由芽子がわざわざこんな遠回りをして通学していることを聞いてはいても信じられずにいたという。
 水田君は映画研究部の所属で、自分で撮りたい映画の脚本があるんだが、という話をしてくれた。おまけに、由芽子にその映画のヒロインをやってほしいという。他人が聞けば、水田君の気持ちは一目瞭然だったろうが、自分に異性を惹きつける魅力があるとは到底思っていなかった由芽子は、水田君の思いを図りきれずにいた。(続く)(2008年1月25日 記)

(元ブログ 夢のつづき 4: Here Come the 足助のおばさん (asukenoobasann.com)

この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?