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渡る中国にも鬼はなし(57/67)

第6章 中国第5日目 昆明 
デート


  昼食後、今度はスーパーマーケットに行くことになりました。そのホテルから歩いていける距離だというので、例によって車道の端を歩きますが、余り気持ちよくありません。すぐ横を車がビュンビュン走ります。時々、日本の政治家が「南京大虐殺などなかった」という発言をして、中国外務省を刺激することがあるのですが、不幸にして車イスを押してくれるこのお嬢さんがそのことを急に思い出して「アラ!、手が滑ったわ」などと車道の真ん中に車イスを押しやることもあるかも知れません。運がいいことに、そのお嬢さんはバリバリの共産党員でなかったのか、この日本人を車道に押しやることもなく、丁寧に車イスを押してくれました。

 道の両側には間口1間の規格の店が延々と並んでいます。洋服屋も、靴屋も、果物屋も何でもありますが、ここは目抜き通りですので、2人に聞くと「値段は高い」と言います。珍しく広い広い道路の4つ角に出て、初めてと言っていいくらいに、信号を見ました。とにかく蘇州にしろ、昆明にしろ、圧倒的に信号の数が少ないのです。よほど広い通りに行かないと信号がありません。その信号のない交差点に四方から車と自転車とバイクと人間が殺到してくるのです。これは慣れない人には恐怖ですが、中国の人にはこれが当たり前なのでしょう。

 「当たりそう!」という緊張感もなく、「危ない!」という危機感もなく、どっちもがなんとなく譲ったり、譲られたりして、さほど混乱なくスムーズに行き来します。しかし、信号のない交差点が多い関係で、一般的に車はスピードを出しませんし、出せません。それに道の真ん中を平気で人が通りますし、車すれすれにバイクが通ります。それでいて私たちが中国に滞在していた時に事故は見ませんでしたから、こういうのも案外事故を防ぐいい方法なのかも知れません。とにかく突然飛び出す車もあり、何があっても不思議がないということを皆が承知しているとしか思えませんでした。緊張感もない代わりに、安心感ももてないようです。

 とにかく私たち4人は信号のある交差点で待機して、スーパーマーケットに入って行きました。そのスーパーマーケットは大きいビル群の中に小さな店舗が雑居状態で入っているというものです。ビルの中は廊下があり、その廊下の両側に間口1間程度のお店が並び、お店に入るには、ガラス戸を開けなくてはなりませんでした。日本のスーパーマーケットのようにオープンスペースの中に店があるという形式ではありません。

 母は何か買いたいものがあるようで、2階に行きたそうです。しかし、ここにはエレベーターがないので、私は行けません。そういうわけで、いつの間にか固定的となった、母と日本語の分かるお嬢さんだけが2階に行き、私ともう1人のお嬢さんは1階で買い物をすることにしました。

 言うなれば「やっと2人きりになれたね」ということです。 時間はたっぷりありましたので、私はそのお嬢さんを喫茶店に誘いました。喫茶店と言ってもそうしゃれたものはありません。ビルとビルとの谷間にできたスペースに椅子、机を置いた簡単な喫茶店です。じゃまな母は当分戻ってきません。2人はツーショット状態になりました。

 私は市民友好交流訪中団員として市民レベルでの友好交流をしないといけないことを思い出しました。思い起こせば、亀岡市役所で市長直々に壮行会を開いて頂き「しっかり頑張ってきてくれ!」というようなメッセージを受けていたのですから、やはり私としてはしっかり頑張ってくるのが、せめてもの市民の務めであろうと思いました。

 そういうことで、あまり気は進みませんでしたが、そのお嬢さんと友好交流をしないといけませんでした。目元ぱっちり、26才のお嬢さんとの友好交流の詳細はいずれ、秘書課を通じて市長さんに報告書として提出する事になるかも知れませんが、ここでは極々簡単に書いておくことにします。

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