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いわゆるなれそめ

I have wasted the last year and a half in depression and spent 36 years as an alien due to autism spectrum disorder.
You read this sentence and wonder, "What does it say?" copy everything and fly to the translation site to read this.
Imagining your time and your face wasted by that tedious task saves me just a little.

Welcome to the planet I live on!

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鬱で休業している間に、世界で活躍するパンクバンドのボーカルを務める女の子が僕の恋人になった。なってくださった。おなりにあそばせた。
同輩の罹患者からすれば症状の程度を疑われるであろうこの憎たらしい事案は、当事者である僕にも何が起こったのか未だよく分からない。

6月にしてはよく晴れた日の朝、父が買ってくれた白い延長コードをドアノブに括った。

中学まで靴紐が結べなかった僕は、玄関先でいつも自分のスニーカーを睨んで固まった。その様子に気付いた父がやって来て、結び方を説明しながら「何でこれが出来んのや」と言う。
山口県出身の父が放つ関西弁と混じった優しいイントネーションが情けない気持ちを大きくさせた。

そんな僕が固いコードをするりとやってみせた。

昨晩までは何日も雨が続いていたかもしれない。僕はその数日を部屋に閉じ籠って映画を観ていた。雨だと思ったのはどうしたって頭痛が治らなかったことと、「2」から「3」に乗り換える間にコンビニへと向かうアスファルトは咽せるような匂いがしたし見事に滑ったからだ。それでも嬉々として独り感想を述べていた。

窓の向こうは公営住宅で、デイサービスに護送されるお婆さんが大声で近況を話している。その脇を小学生が喚きながら走る。なので、6月のいつだかの、朝7時頃だろう。梅雨にしてはあまりに眩しい、わざとらしい晴れだった。

4を観終わってふと、父が買ってくれた延長コードが目に入る。
先日、扇風機を見に行くからと連れ出された家電量販店で父が眺めている僕に「それもカゴに入れぇ」と言った2m538円。僕はそれにアンプを繋いで曲を作るつもりだった。

映画に没入する少し前、用事もなく近所の100均を覗いた。綺麗な食器でも見れば少し先を想像して気持ちが上向くのではというスケベ心があった。レジ横にはついこの前買ってもらった延長コードと遜色ないものが100円で鎮座している。
どうしても欲しいとねだった割に当時すぐ挫折したアコースティックギターは、部屋の隅でただぽつねんと立て掛けられているだけなのに恨めしくこちらを睨むように見える。それと同じような後ろめたい気持ちが一気に押し寄せた。

ああ、父にまた申し訳ないことをした。何度目だろう。100円で済んだものを、538円も使わせてしまった。5本買えるやん。いや550円なるから4本か。4本も延長コード何に使うねん。自分は何てアホなんだ。死ぬなら今しかない。538円で終わるなんて惨めったらしい僕によう似合うやんか。イエー。

全くもって共感を得られない思考でしょう。
今書いていて思う。こいつ怖い。

これを書いているだけあってそれは失敗に終わった。食い込むコードで遠退く意識の中、最期に出た言葉が「イピカイエ」だったような気がする。
失敗したことを大声で笑いながら泣いた。

三階の部屋から父が降りてくる音がする。二階から一階の僕へ「コーヒーいるか」と訊かれた。
寝た方が良いに決まっているのに僕は注文したそれを飲んだ。豆が変わったとかで父は得意気だった。


7月の暮れ、大阪のアメ村にある小さなライブハウスで彼女と出会った。
僕たちのバンドのリハーサル中に一向は到着して、先頭を歩く彼女は大きいピンクのリュックをどさっと置いた。肘をつきながらしばらくこちらを観てどこかへ消えたせいで僕は緊張して全く声が出なくなった。後に「リハーサルは本番通りせなスタッフさんに迷惑やで」と数ヶ月越しに説教された。ごもっともです。

映像で何度も観ていた彼女は思ったよりとても小柄で、オードリー・ヘプバーンと同じとかいう甘ったるいバニラの香水が僕の鼻をついた。

ライブハウスの楽屋でひっそりとした打ち上げはその日の感想だとか同年代の話で盛り上がる。
京都に帰るために終電があると聞かされていた彼女を心配して声をかけるともうとっくに無いと言われた。
まだあまり彼女を知らないもので、あまりに低い声と楽しくなさそうな様子に酷く落ち込んだのを覚えている。申し訳ないことをした、どうしようと。

「朝まで付き合ってもらうしかないっすねぇ…」
ドスが効いている。京女のどすえ感とドス。

急ぎ朝までやっている飲み屋を手配して移動した。
2人掛けと6人掛けにテーブルが分かれてあって、喫煙者の僕は何となく端に座った。
ほどなく彼女が真向かいに座る。彼女はタバコを吸わない。
一時間もすれば隣のテーブルは漫画の話で大盛り上がりして僕らは孤立した。

「読んでますか?」
「読んでないんですよ。何でしたっけ、空の上の」
「空島」
「あそこらへんで止まってます」
「一緒です」

間。

「宮崎駿のん観ましたか」
「『君たちはどう生きるか』」
「それです」
「観ました」
「どうでしたか」
「どう…うーん…爺さんになっても創る矜持を感じましたし、セルフオマージュに溢れてて嬉しくなりました。同時に何の話か全く分からなかったです」
「あぁ、一緒です」

間。

僕は好きなものの話はつい早口になる。おまけに一度話し出すと自分では止められなくなるので何度も失敗した。だからブレーキをかける。
でも彼女は静かにしっかりと聞いた。
そんな調子で彼女は僕にいくつも質問した。ベラベラと答える。そうしていつしか病気の話になった。

「鬱はどうですか」
「さっき話した四年生頃からの付き合いなので。早く別れたいです」
「ははは」
「いや、ホンマに」
「鬱の時、パートナーにどうしてほしいですか?」

僕は止まった。何で彼女はそんなことを聞くんだろう。
思い返せばラブコメの主人公ぐらい鈍い自分がダルい。

「考えたことないですね、パートナーに……あぁ、夜中にね。近くのコンビニへ二人で行って、お互いが好きなアイスを買って。それを一緒に食べて寝れたら最高ですね」

彼女はそれを聞いた途端に表情が柔らかくなって、「良いですね」とだけ言った。

朝の5時になってお会計の時、割と大声で「友達になりましょう」と連絡先を聞かれた。
僕は素直に嬉しかったし、次の機会を伺っていたので申し訳なく思った。
もう会うことはないかもしれないのに。

その後は臭いラーメンを食って帰って、お礼のやり取りをして終わった。
数日後には飲みに誘われて少し舞い上がった。
予定が入ったのでもうしばらく生きることが決まった上に、きっともう好きだった。アイスを食べたいと思った。

二人で遅くまで飲んで、また終電を(意図的に)逃した彼女を知らず真剣に心配した。この人、何でこうも時計を見ないんだろうと。ダルいぞ。気付け。
漫画喫茶に泊まるだなんて言うから、そこの川縁で始発を待ちましょうとコンビニでロング缶を買った。

また彼女はいくつも質問をした。僕はそれに答えて、彼女はよく笑ったかと思うとまた次の質問をした。
どういう流れか失念したが、僕は言った。

「いやね、漫才をして。家に帰ってドアの前に立つと夕飯の匂いがして。子供が走って飛びついてきて。そんなことを憧れましたけど、間に合いませんでした」

また笑い声が返ってくるのを期待したのに静まり返る。何か気に障る答えだったかと彼女を見た。
ベンチの上で足を大きく広げ、手すりに座る行儀の悪い姿勢でニヤリと笑って言う。

「私は無いですか」

世界が止まった。急に自転を止めたせいで僕は宙へ吹き飛ばされた。
さすがの僕もいい加減に気付いた。遅い。もう気色悪い。
吃音が出そうになるのが分かって緊張したせいで余計に舌がもつれる。何て返せばいいんだろう。
並んだ言葉は最低で、「僕はそんな風に思ってもらえる人間ではない」ということばかりだった。
今までも、これからも、あなたが期待するような人間では無いし。幸せになってはいけないだとか、そういう話。また肘をつきながら静かに聞いている。

「終わりですか?」
「はい」
「関係ないです、私が幸せにするんで」

そういって彼女は僕の頬にキスをした。

おい、カッコ良すぎるやろ。
え、慣れてます?こんな映画みたいにキスって出来るんですか?
そうやってテンパる僕を見て彼女は大声で笑った。

それから一年近く経った。
彼女は確かに「私が幸せにする」と言った。

彼女は桃が剥けないくせに買ってくる。
"擦り切れ一杯"と書かれた太田胃酸は二杯分山盛り掬って飲む。そして盛大にこぼす。
寝ている自分のおならの音にびっくりして起きる時がある。
組み立てられない家具を組み立ててもらえる前提で僕に聞かず大量に注文する。
笑いすぎておならが出る時がある。
お互いに、とても不安定な夜がある。
彼女は言った。近く死のうと思っていたと。
そこに猫背の僕がふらっと現れたのだ。
前に酔った彼女と、お互いの界隈の文句を一通り並べた夜があった。
そうして彼女は座った目で、「世界一悪い夫婦になろうぜ」と言った。
これだけ口の悪い二人ならなれるだろう。
応援してくれとは言わないし思わない。
どうか惚気だなんて安っぽく片付けないでほしい。

いまさら生きたいのだ。地球で。出来ることなら二人で。

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