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情けない夜

前回まで投稿の記事は、まず全文を読んでいただいた上で「面白かったなら是非」という意味合いで500円の有料記事とさせていただいておりました。
それらを読んだ実母から「商売が下手すぎる。あんた困ってんねんから、恥も外聞も捨てて面白い本書いて「お願いしますー!」で上手いこと商売せぇ」と行政指導が入りました。
したがって今回はベタに"気になるところ"まで読み進めていただけます。それ以降が気になる方は是非お買い求めくださいますよう予めご了承ください。

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情けない夜があるだろう。友の前で憚らず泣いてしまったり、何のきっかけも無く泣いたり、ここぞと泣いたり。酔っ払ってコケたりなんて類いからもっと酷いものまで。僕は何度もある。
ただ酒の失敗だけは極端に少ないのでアル中の祖父、44代前の雷禅、とにかくご先祖に感謝です。お盆は久しぶりにご挨拶できましたね、変わらずあなたの子孫はクソったれでございます。

倒れてしばらく経ったある日、それは自然に訪れた。何をどう計算してももう金が無い。
二ヶ月遅れで振り込まれる給与は闘病生活に入ってからもしばらくは堂々とした額がスイス銀行の口座に幾重にも洗われてから流れ込んできた。
安心したわけではないが、この間も躁状態を繰り返して会いたいと伝えてくる輩には片っ端から会った。彼らは僕を心配していると呼び出しておいて多くは自分のコンビとネタの相談をひとしきり終えると満足気に帰っていった。
カムバックを熱く訴えるあまり号泣したアイツは僕には偉そうなことを言っておきながら一抜けしやがった。ずるいぞ。
この小さな散財の蓄積が押し寄せた。

それでも実家に帰省(寄生)していたので他の引きこもり諸君に比べいくらかマシだった。だが難波の借家は非情にもちゅーちゅーと店賃を吸い上げて僕はすぐに干からびた。非常にマズイ。どこかで借りたところで返せるアテが一切ない。

そうなれば売るしかない。春は持っていない。ギターだ。
僕の数少ない趣味である書籍は二束三文にもならない。映画のDVDも同様で、金目の物はそれぐらいしかない。
図体がデカいので自宅では逼迫すると劇場の隅に保管していた彼女達を迎えに行かなければならない。

気が進まない。いざという時は売ってでも日銭をとは思っていたが、手放すとなると感慨があるとかって話ではない。大勢の人間に会う。考えるだけでも悍ましい。

僕はそれまでの数ヶ月間を医者と両親しか会話してこなかった。想像する。会うや大声で挨拶をされ、囲まれ、近況を矢継ぎ早に訊かれる様が容易に浮かぶ。
慕われていたなんてことは決して無い。ただ好奇の目に晒されるのが嫌なんだ。
静かに暮らしたい。僕は記憶を頼りにこの時間なら人に会うまいと狙いすまして劇場へ足を向けた。

数字を覚えることが元来スーパー苦手なので裏口のパスコードはこれでもかと簡単に忘れていた。マネージャーに連絡を入れ、アホみたいな数字の羅列を教わり打ち込んで中へ。
ちなみに大昔、その裏口前でファンの方を対応されていたスマイルのよしたかさんがすれ違う僕に大声で「のむちゃん、(パスの)数字って"1234"やんな!?」と確認した翌日からは随分と複雑になったあのセキュリティ強化の功績は計り知れない。

下階のドン・キホーテと共有する大きな業務用エレベーターをただ静かに待つ。
すると店員のお姉様が僕に気付いた。

「いンやぁ〜、ご無沙汰やんかいさぁッ!どないしてたんな、心配してたんやで!」

耳ちぎれるか思た。次いでビル掃除のおば様も合流してやんややんや。男はつらいよの車寅次郎、こち亀の両津勘吉ばりに周囲とは気さくに話していた過去が仇となった。想定よりも早い段階で人に捕まって質問責めに遭う。目的の6階までが果てしなく長い。
苦笑いをしながら「まぁ何とか生きてました。この後は分かりませんけど」と軽口を叩いたら思い切り左肩を叩かれた。病気の話しましたよね。あきませんよ、病人どついたら。

「6階、エレベーターホールです」
言われんでも分かっとるわいアナウンス直後、僕は後ろに仰け反ってコケそうになった。"ズコーッ!"って。

扉の前には見開き2ページ巻頭カラーぐらい芸人が揃っている。その奥の廊下には3周年キャラクター人気投票結果発表ぐらいみっちみちに人が詰まっている。僕の想定は大きく外れて終演時間と出会した。次の公演を控えた者と入れ替わり立ち替わり、最も人が往来する時間に来てしまった。

歓声が上がる。
「のむさーん!何で!お久しぶりです!お元気ですか!今日はどうしたんですか!」
5.1chドルビーサウンド。MD4X。臨場感が半端ない。

言えない。こんなキラキラした目を向けられて「金が底ついたから売る為にギターを回収しに来ました」なんて。

「いや、ちょっと用事あってな」
久しぶりに出した声は、痰は絡むわ小さいわで効果はいまひとつのようだ。誰にも届いていない。
答えられないので皆がついてくる。僕は倉庫に行って扉の中から次々にギターを取り出す。余計に疑問が湧いてまた大勢が質問する。脂汗と腹式発声を絞り出した。

「終活です」
そう言って僕は大部屋に掛けていた漫才衣装も拾い上げた。予定には無かったが、ギターと同様にいつまでも私物を置いてあるのが申し訳なかった。

彼らの習性はとかく熱しやすく冷めやすいところにある。僕がいつまでも小声で荷物を運ぶだけの作業に飽きたようでみな散り散りに人が引いた。
ようやっと目的を果たせそうなその時だった。

廊下の奥から、会うはずのない人が向かってくる。
僕の大好きな彼は、僕と同じように「会うはずがない」と言いたげなあんぐりと開いた口のまま立ち止まる。

「お疲れ様です…ッ!」

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