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「ビスケットハンマー」

【彼女について】
 彼女はいつも空虚だった
「生きていても良いことなんかない」と口癖のように言っていた
惰性でもってかろうじて動いているような生活が、いつか完全に止まってしまうその日を待ち望んでいるようにもみえた
自分なんかが存在している証拠を残したくないと写真を嫌った彼女
家で酒を飲んではどこかしらに傷を作っていた彼女
花火は音が怖いからと苦手だった彼女
怒ると敬語になった彼女
そんな彼女に僕は僕なりの未来を少しずつ少しずつ分け与えて、彼女にも未来を見せてあげようとしていた
時々試され、応えては少し近づき、でもまたどこかへすり抜けていくチェシャ猫のような彼女

「いつか大きなビスケットハンマーで地球もろとも私を砕いて欲しい」
彼女がいなくなる前に聞いたのはそんないつもの愚痴とも厭世ともとれる投げやりな言葉だったかもしれない
彼女は僕の中に未来を見つけてはくれなかった
そして彼女がいなくなってふと気がつくと、与え続けていたはずの未来は欠片さえも落ちてはおらず、僕自身の未来もどこにも無くなってしまっていた
未来を見せるだなんて偉そうなこと思っておいて、結局彼女自身が僕の未来だったという間抜けな事実だけが残ったのだ
そうして今では僕も同じ願いを持つようになっていた
時折空を眺めて二人の願いが叶う日が来るのかどうか確かめるのだった

大きなビスケットハンマーが振り下ろされる日を待っている

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