ブルアカの話 パヴァ2章の考察を改めて読み返して&コメントを読んで

みなさんこんにちは。
上のリンクは私のnoteにおける最大いいね数の記事になります。当時の怒りに任せて書きなぐった部分もある、壁打ちのつもりで書いた良文とは言い難いモノなのですが、ある程度の人に楽しんで頂いているようでお恥ずかしいやら嬉しいやらと言ったところです。
この記事に先日コメントが寄せられていました。まずはこの場を借りてお礼を。こんな散文が何か作品を楽しむ手助けになってくださったのなら幸いです。
それで改めて自分の記事を読み返して、またコメントを見させていただいて、自分の中である程度の考察というか考えみたいなのが出てきたのでそちらを述べさせていただければなと思い、こちらの記事を書くこととしました。当時とは自分の中の考えで変遷している部分もあるやもですが、そういった点も楽しんで頂ければ幸いです。
最新ストーリー迄ネタバレを含む可能性があるので以下自己責任でお願いします。



パヴァーヌ2章の再分析

先生はなぜリオと敵対したのか

何故先生はリオと敵対したのか。以前は『情報の非対称性・状況の緊急性からリオに敵対せざるを得ないのではないか』という意見を書きました。これについては基本的には変わっていません。ただ様々なストーリーの追加により、先生の立場がより明確化された・私自身考察を読んで更に世界観の理解が深まったことで、もう一つ強固に述べたい主張があります。
『リオにヘイローを壊させないために敵対したのだ』、ということです。
パヴァーヌ2章はよく「アリスは可愛い生徒とみなしリオを敵対者として生徒とみなしていていない」的な論調で批判されることが多いですが、これはかなり偏ったモノの見方であると思います。
こちらは受け売りなのですが、ブルアカの世界においてヘイローの破壊=殺人は、こちらの世界のそれよりもさらに重大な意味を持ちます。事故死がない世界であるがゆえに、殺意を持って破壊に挑まなければできないから、です。この一点の視座をもってすると、先生の逆鱗が分かりやすく見えるかと思っています。
先生が冷たい対応をした・諫めた・怒ったシーンと言えば、
・アビドス1章黒服(諸々)
・エデン2章ミカ(ゲヘナへの戦争発言)
・エデン3章パテル分派(ミカへのリンチ)
・エデン4章ベアトリーチェ(諸々)
・パヴァーヌ2章リオ(アリス破壊宣言)
・カルバノグ2章カヤ(子ウサギタウン爆破)
・百鬼夜行2章シュロ(諸々)
・不忍の心ニヤ(お祭りを利用した暗躍とそれによる被害拡大の恐れ)
・(例外っぽいけど)クリスマスイベ不良(ハナエにサンタの非実在を伝えようとした)
・ワカモ(他生徒への銃撃)
ってところでしょうか。多分取りこぼしはあると思います。ナギちゃんは含めるか悩んで外しました。あの時のナギちゃんに対してはどっちかというとメンタルケア的な色が強いと思いますので。
これらに共通する要素として以前の私は『生徒のありようを捻じ曲げることを嫌う』と書きました。これもベアへのぶち切れを見るとない要素ではないのかな?と思います。ただ、改めて見返すともっと単純に『生徒に死ぬ可能性がある危害を及ぼそうとすること』にキレていると見た方が分かりやすいやも、と。
逆に死ぬ可能性のない銃撃戦はあまり諫めません。合わせて上を見返すと、悪意を持って引き金を引くことを嫌っているのかもな、と。
さて、先生はこういう相手にその後どういう対応をとっているのか。ゲマトリアの場合は対話せずに終わりです。ストーリー的に対話の時間が取れなかった子も(当然ですが)対話はありません。一方ストーリーが実装されてる子を見ると分かりやすく、説教なりなんなりが繰り出されます。
で、当然ですけど説教というのは、別に自分が気持ちよくなるためにするわけではありません。現実ではそういう人もいますけど、少なくとも先生はそういう人物ではないでしょう、相手のことを思って、相手のためにするものです。
以上から、先生はリオを思っていないことはないぞ、寧ろリオを思っての行動だぞ、ということを声高に主張したい。じゃないとわざわざリオと対面した時にあんなこと言わないでしょうし。
パヴァーヌ二章は(モモイ達+先生) VS (リオ)の構造をとっていることからモモイ達と先生が共通の思考のもとに動いているように見られがちですが、恐らくその内訳は結構違うはずです。例えばセミナーの二人はリオ会長の馬鹿な行動を止めるため、って動機も相応に強いでしょうし、恐らく先生も同じくリオを止めたい動機も強めでしょう。逆にモモイはアリスを助けたい!が強くリオ会長を止めるという所には強い視座はないと思います、そういう濃淡を見ずにひとくくりにするのは些か乱暴ですね。
集団で行動はしていますがそこをイコールにしてみてしまうと齟齬が生じる、そしてこの齟齬のまま見ている人が存外に多いのではないかと。

ダイブ装置について

これはくそほど些細な話ではあるんですが一つ気づきがあったので記載を。VRゲームが既にレトロになってる世界であると考えると、ダイブ装置ってもうゲームとか関係なく実用化されてるのでは?と。なのであの時ご都合主義じゃね?って書きましたけど普通に置いてある可能性は高いかもですね。要は今の時代のスマホとかPCに近しい存在だったりするのやも。

最終編とのリンク

最終編がまだ実装されていない段階においてはkeyは敵キャラという位置づけで書かれることが多かったですが、最終編を通しその意味合いは大きく変わりました。己の一部分を否定し切り捨てる、keyを純粋な敵とみなすのではなく、己の人と異なる部分を飲み込みそれでも自分のありたい姿を目指す、keyを理解しようとする、そんな描写がなされていましたね。「アリスは勇者です」から「アリスは魔王であり勇者です」に変わったのは、きっとそんな理由なのでしょう。
翻って考えると、このパヴァーヌ二章は最終編とのリンクを考えなければ評価はできないのではないかと思います。それは上で述べたアリスもそうですが、リオと先生もそうです。
リオは最終編でアリスの優しさを知り、人と人が手を取り合うことでの協力の意義を知りました。何故リオがうずくまったのか、解釈は色々あると思いますが、個人的には今まで認められることを欲さなかった彼女が、初めて人に認められて感極まり、とかなら嬉しいですね。一方で、あの計画にはアリスの崩壊が前提として組み込まれており、keyの肩代わりがなければ彼女の犠牲を招く、トロッコ問題のレバーを引く、その重みを知り、言わずにアリスを後押しした罪悪感で潰されていた、とかだとそれはそれでなんか別の味があります。まぁちょっと救われなさすぎなんで前者で考えたいところ。
先生の色々と不甲斐ない部分があった、は、このパヴァーヌ二章などを指しているのではないかと思えます。リオに直接言え、というのはまぁそれはそうな感もありますが。でも正直謝罪するべきかというと……どうだろうという気もしますね。先生の主張自体は間違っていないと思うし、謝罪はかつての彼女の行為を是としているようにも見えかねないので。

コメントを受けて・先生を考える

興味深いコメントをいただき、それを改めて分析して思う所があったので記していきます。コメントに直に否定とかはしません、あくまで自分としてはこういう解釈もあるかな、というのを述べていきます。
コメントの内容としてはざっくり二点。
・アリスの危険性について、先生は認識していた可能性がある
・リオとの対話をもう少しできた
詳細は各項で触れます。

アリスの危険性を先生は認識しているのか

まず一つ目のコメントから。
”先生は敵対的なロボットが徘徊する進入禁止エリアで厳重に封印されている未知のモノを発見している。その後ウタハから戦闘用のロボである可能性を告げられており、アリスがヤバそうと認識するだろうと考えられる”
ウタハの部分は自分の見落としやもしれませんがストーリー読み返したら彼女の独白シーンがメインかな?となり、先生に伝えられているかどうかは不明ですが、まぁ概ねそうかなと思える感じです。
これに関しては、個人的には以下二つの方向性で自分は認識しています。

先生と連邦生徒会長との信頼関係

劇中にて関係性がほぼ語られていない二人ですが、先生はなぜかこの連邦生徒会長から託されたというだけで何の警戒も見せずにシャーレの顧問を引き受けています。シッテムの箱もそう、サンクトゥムタワーもそう、先生は連邦生徒会長に対して会ったこともないのに、検討することもなく彼女を信頼しています。先生が語らないせいでこの疑問は一向に氷解しませんが、行動を見る限り先生は連邦生徒会長をかなり強めに信じているのです。
そんな連邦生徒会長が設定した進入禁止エリアに、自分の存在によって開く扉があり、その奥に少女がいた。そう考えるとアリスを危険なモノと思えるかどうかは疑問が残ります。ここは先生が何も語らないがゆえに想像でかなりの余地を埋めており、妄想の類ではあります。先生の名でしか管理できない危険なモノの可能性もあります。ただ、連邦生徒会長が噛んでいると考えると、あの場に封印されていた、という文脈には大きな意味付けがなされるのではないかと思います。

先生は探究者ではなく「先生」である

「私は断罪者ではない」「私は救済者ではない」「私は絶対者ではない」これはエデン条約4章で述べられた先生のスタンスです。加えて先生は探究者ではない、ということも個人的には付け加えたい。探究者であるゲマトリアと反目し、ベアおばの答えを拒んでいましたからね。
さて、先生はこれまでの劇中で理由の深堀をあまり行いません。対話をし、出てきたらそこから会話を広げますが、出てこなかったら普通にそちらのリサーチはせずに問題解決に動きます。そしてこの問題解決の手段を選ばないことが多いのが、先生の特徴の一つでもあります。
・銀行強盗
・偽造文書による不正入学
・第三回補習授業・アリウス潜入における襲撃
・ドラム缶の強奪
・ヴァルキューレ不祥事のマスコミリーク
・カイザーの宇宙船強奪
などなど。こうやって見ると分かりますけど結構やってることやばいです。状況がそれを許しているように見えるだけで、普通にド犯罪です。というか最近のアビドスでも破壊行為を指揮するとか言われてましたしね。まぁあれは状況が状況でしたが。
さておき、先生は生徒を法で縛りません、生徒たちの自主性を尊重し、生徒たちが生徒たちらしくあれるように最大限助力します。
先生批判において、例えばエデンにおける先生を聖人のように扱う向きがありますが、ちょっと先生の評価高すぎやせんか?というのが素直な感想です。先生は基本的に行き当たりばったりだし、悪いことも割とやります。なんか物語の都合仕方ないみたいな調子になってるのは作劇マジックです。
特にエデン4章で感じましたけど、あれ勝手にベアおばが切れて前倒しして儀式失敗してやらかしてるだけで、それなかったら普通に負けてそうですからね。そういう相手をキレさせて、挙動のバグを引き起こすのが先生のテクスト書き換え能力なのかもですけど。
さておき、というわけで個人的には先生は死ぬほど滅茶苦茶やってる印象が強いので、パヴァーヌもうん、はい、いつものっすね、って感じ。かつ先生が深堀しないのもそらそうよなぁ、って。そもそも深堀する先生なら、エデン3章は起きてないし、カルバノグ2章も起きていないのです。ミカやカンナに徹底的に聞けばいいですからね。
先生は生徒の手助けをするのが仕事であって、世界の真実なんて害がない限りどうでもいいと思ってそうですし。無名の司祭からすればそりゃ先生嫌いですよ、生徒のためにって言う青い理論を振りかざして世界を考えてるところに突貫しかけてくるんですから。流石にゲマトリア辺りには注意巡らせてそうですけど、それも生徒の為でしょうし。

先生とリオの対話の少なさ

先生の会話パターン

これ、最近のストーリーとかを読んで強く感じたことなんですが、先生にはある会話の流れが存在します。
問題が持ちかけられると、一旦時間をください、と言って持ち帰ってもらう→その後別の形で話を聞く・別の手段をとる
これです。最新のアビドス3章でもやってますね。まぁこの場合の時間をください、は必ずしも対話をすることを意味しないわけですが。一旦引いたらヴァルキューレに潜入された挙句機密文章盗まれてマスコミにリークされてますからね、カンナ。改めて書くとやってること凄いな?
パヴァーヌ二章のリオのパートがまぁまぁ長いのでもっと対話しろ、という気分になったのは自分も同じなんですけど、一応上記の会話パターン通り動いてはいるんですよね。
まぁその時間をとるのが失敗してああなったわけですが。こう書くとカルバノグ1章で話を聞かなかった場合、みたいで面白く見えますね。

リオと対話すべきであったか

さて、上のは分析して見えたので書いただけの話で、本題はこっちです。
自分は正直これに関しては非常に懐疑的です。少なくともあの場であれ以上の会話をするのは良くないと思っています。
「あなたは友達を傷つけた魔王なのだから死ぬべき」
ただでさえ自分のせいでモモイが倒れたと打ちひしがれているアリスに対し、こんなことを言っているリオとあの場で対話することは、少なくともアリスを考えると決して選ぶべきではない選択肢です。
もしその可能性があるのだとしても、アリスを同席させるべきではない。或いはその傷がいえてから、冷静に対応できる状態になってから会話をするべきだ、だから一旦帰ってほしい。そういう話であり、リオの語る世界の終焉を信じていないとか、どう対処すべきか論ずるつもりがない、とかそういう論に着地させるべきではない。リオに帰ってほしい、なんて言えるのは先生くらいですしね。そういう意味では生徒ではないからこそ言えたとも。
最近拝見したVtuberのアンジュさんの配信でおっしゃっていたことが大変印象的で「間違ったことは言ってないんだろうけど言い方を考えてほしい、一旦帰ってほしい」と、これに尽きると思います。
あとついでにもう一つVtuberの卯月コウさんがおっしゃってた(見たのだいぶ前なので脚色入ってるかもですけど)「解決手段がなくともNOと言ってもいい、先生はそういう大人だ、子供たちに希望を見せる人なんだ」ってのも印象的な言説ですね。自分もリオの大人であるあなたが~、に対してはこう思ってたので、かなりクリティカルでそうだ、って腕組みしつつ頷いてました。上でも書いたように先生って一般的な大人とは違う一種の狂人なので。
リオはアリスのことをあの時点で人間と思ってないので心を踏みにじり無理やり連れて行こうとしたわけで(寧ろ人間の心をまねして周囲をほだすロボくらいに思ってる)、その点で先生と相違があるのだからそら会話も成立せんわ、と。そしてその場合アリスとリオ、どちらに合わせるべきかと言えば、まぁ前者かな、と。
結果的にはリオも追い詰められているような状況だったので先生が一方に肩入れしているように見えたけど、そこまで批判されるような姿勢ではなかったかなーというのが個人の感想です。


以上ですね。色々と描写も加わってあとから見るとやっぱり好きですね、パヴァーヌ二章。
先日あったにぎにぎとゆきゆきて見て思ったんですけど、翻訳の段階で結構な意訳がなされているのが見えたんで、そこで吹き飛んでる文脈とかもあるのかなーって思ったりしました。改訂前見てから改訂後読むと、原文に近い形でお出ししたかったのも分かる気がする。まぁ読みやすさ的には後者の方が段違いに良かったですけども、専門書類並べ立てセリフとか、お祭りお祭りお祭りお祭り!!!とかあそこらへん好きだった。
さておき、楽しんで頂ければ幸いです。またなんかあったら書きます。


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