沼オチの副産物~会食恐怖編~

今日の侍Tubeは「忘年会だけど新年会❗」。
7 MEN 侍がただご飯会をしているのを観察できる大変ありがたい動画がアップされた。
これを観ながらふと思ったことがあったので、備忘録として書いておく。


会食恐怖。
私は小学3年生から今日まで、ずっとこれに苦しめられてきた。これのせいで諦めてきたことが山ほどある。

そもそも会食恐怖ってなんだよって話だが、一言で言えば、「会食が怖い」←説明の意志ZERO
会食と言うと、仕事で取引先の接待とか、冠婚葬祭で畏まった食事をするとかいうイメージだが、そうではない。
同僚とランチ、友達とカフェ、気になるあの人とふたりでご飯とか、人生における全ての、誰かと一緒に口に食べ物を入れて咀嚼する場面をいう。

完全に個人的な解釈だが、そういった会食の場で極端に"食べる"ということができなくて、自然と会食を避けて、人生に悪影響を及ぼしている状態を会食恐怖症という。
長年苦しめられてきたが、会食恐怖という言葉と出会ったのは大学生の時。割と最近なので解釈違いはご容赦を。

会食恐怖のきっかけや症状は様々だが、私はこんな感じ。
1番最初のきっかけは、小学3年生、給食を食べているときに吐いたこと。今でも鮮明に思い出すが、ミルク風味のスープを食べていたら突然目が回って、そのまま汁椀にもどしてしまった。すぐに保健室に連れていかれて、自分では気づいていなかったが思ったより高い熱があり、早退した。
全校児童がランチルームに集まって給食を食べるタイプの学校だったが、食事中に目の前で吐いたことに対して傷付く言葉を投げてくる人もおらず、ほんとうにクラスメイトに恵まれていたと思う。

誰にも責められたりしていないにも関わらず、何故かそれ以降の給食、ほとんど口にできなくなっていた。
「なんで食べないの?」と聞かれると、「ちょっと頭が痛くて」とか「お腹が空いてない」とか、毎日それは無理があるだろうみたいな返答をしていたのを覚えている。
私が相手の立場だとしても、全然食が進んでいないクラスメイトがいれば、体調が悪いのかなと心配し、同じように問いかけていたと思う。

でも、このクラスメイトからの何の悪気もない「食べないの?」という言葉が、本当に怖かった。
食べないとおかしく思われる、皆は食べれてるのに自分だけ食べれないのは変だ、どうしようどうしようどうしよう。
それだけが頭をグルグルして、たった20分の給食時間が1時間も2時間もあるように感じていた。

ホントに会食恐怖がピークの時は、"ご飯の匂い"、それだけで吐き気がしてランチルームに入るのが難しかった。
給食当番が盛り付けたおかずやご飯を自分で受け取って席につく制度だったが、「ちょっとトイレ行くけん、私の取っといて!」とか友達に頼んでいた記憶がある。そのままランチルームに行かない日もあったし、食べないけど席に座れた日もあった。

4年生になり、バレーボールクラブに入った。
めちゃくちゃ厳しいとか全くなく、同じ小学校の友達と一緒に楽しくやる、みたいなところだった。
土日は近隣の学校と練習試合があり、お昼は皆でお弁当を食べる、そんな場面が頻繁にあった。
普通なら、学校の友達と休みの日まで一緒にわいわいご飯が食べれるなんて遠足みたいで楽しいはずだが、私はこのお昼ご飯が苦痛で仕方なかった。どんなにお腹が空いていても皆で輪になって座っている場では、どうしても飲み込めなかった。いつもお弁当を残してしまって、母親にはほんとうに申し訳なかった。

中学校でも運動部に所属し、会食場面はのらりくらりとやり過ごす日々を送っていた。
高校は中学でやっていたスポーツの強豪で、インターハイの常連だった。一緒にやろうと誘ってもらっていたし、上を目指して高いレベルでやってみたかった。
「ご飯はどんな感じで食べるのか」、入部するかしないかをこんな問に全ベット。自分でもありえないと思うが、当時の私には死活問題だった。

それとなく聞いてみると、毎週のように遠征があるのはもちろん、毎食お茶碗大盛り3杯食べないといけないらしかった。
普通の1人前どころか幼稚園児よりも少ないご飯しか食べられない私が、そんな環境でやっていけるわけなかった。
親や誘ってくれた先輩には、「大学行くために、高校は勉強に集中するって決めてます」とか心にもないそれらしい言葉を並べていた。
大学でも、新歓とかいきなり会食場面なハードル高すぎるサークルになんて入れる訳もなく、ひっそりと生きてきた。

一緒にお昼食べようとか、飲み会しようとか、とにかく会食に誘われないように、周囲の人たちと親しくならないように距離を置いて、ガチぼっち人生を送ってきた(現在進行形)

今の会社では、人とご飯食べるの苦手です〜と軽く伝えてあるが、ここまで真剣に悩んでいることは誰も知らない。
この間なんて、飲み会嫌いだから参加しないって聞いてた、とか言われて、ちょっと違った意味に捉えられていてショックだった(なんの話)

書き出したら長くなったが、会食恐怖に影響されっぱなしの悲しい人生なことを再認識しました(т т)
ご飯が食べられないから内心結婚を諦めているとか、そんな20代イヤすぎる(т т)


それで、冒頭のふと思ったこと、というのはココから。
矢花くんに沼オチして、もしかすると""会食恐怖が緩和""されたんじゃないかということ。

2023年夏に職場の飲み会に参加したが、もちろん飲み込めないし、終いには手も痺れてくるしで、キツイ時間だった。
それが、2023年12月終わりから、会食の場面で立て続けに食べることができるようになっている。
会食恐怖がある人にしか分からないと思うが、会食のことを考えると喉の蓋が閉じる感覚、というのが無くなっていることに気づいた。

・一緒に外注のお弁当を食べる場面×3
・飲み会×1

この1ヶ月の間にこれだけ普通にご飯を食べることができた事実。人生で初めて飲み会楽しいって心から感じた。
これまで、また飲み行こう!というのはお世辞というかその場しのぎというか本心で発したことは1度もなかったので。

なんで突然会食恐怖が緩和されたのか。
冒頭侍Tubeで気がついた。
7 MEN 侍がご飯を食べている動画を見ながら、ご飯を食べていたから。←え?

食への興味関心ゼロなので、仕事から帰って家でのひとりご飯なんて、レンチンご飯にふりかけとか、レンチンあんまんとか、狂った食生活を送っているわけですが。
そんな狂った夜ご飯を口に入れながら、矢花くんがご飯を食べている動画を見る。そんなここ3ヶ月。

私の会食恐怖の原点みたいなところは、"人と違ってはいけない"という意識にあると感じている。
給食とか外注お弁当とか、飲み会のコース料理とか、その場にいる全員が同じモノ・同じ量のご飯を残さず食べるのが当たり前。周りの人が食べているのに自分だけ残すのはおかしい。

小学生の頃から私に根付くその意識を覆したのが、今は亡き「もぐもぐTV」。
特にこれ。2020年1月22日更新。
『本髙克樹、中村嶺亜、菅田琳寧、矢花黎「もぐもぐTV」』 
リンク貼れないの腹たちますが ^_^

矢花くんと本髙克樹くん(呼び方迷子)が、ステーキハンバーグ弁当を食べる回です。
ダイエットで炭水化物を摂らないという理由で、白ごはんをごっそり矢花くんのお弁当に移す本髙克樹くん。
溢れんばかりの白ごはんを当たり前のようにモグモグする矢花くん。

理由はなんであれ食べられない人は食べなくていいし、食べられる人が食べればいいのか。
こうやって文字にすると当たり前すぎることなのに、これまでずっと人と違うのはダメな事だと思い込んでいた。親しいメンバーが、楽屋で、そういう場面だから許されているのだろうが、もう私にとっては衝撃だった。

割合としては苦痛の期間が長くなってしまったが、私だって小3までは楽しく会話しながらご飯を食べるということを経験していたわけで。
この動画を見ながらご飯を食べることで、自分も画面の世界に存在していると錯覚し、本来の会食の楽しみを思い出したのかもしれない。希望的観測だけど。

なんか最近急に会食大丈夫になったな、ぼんやりとそんなことを感じていた矢先の侍Tubeご飯回。
これもまたスーパーで半額になっていた金時芋と棒棒鶏とかいう狂った組み合わせの夜ご飯を食べながら視聴して、これもしかして会食場面のリハビリになっているのではと思ったところで書いたnote。
いつかひとりで外食とかできるようになるのかな。なりたいな。そしたら今日の侍Tube再生しながらひとり焼肉食べたいな。


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