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菖蒲は見られなくても

最近、一日があっというまに、どんどこ消費されていく。

朝はけっこう元気いっぱいなのに、夕方くらいには、
「ヒットポイントあと残りわずか」
の表示が早めに点灯するのである。

FFにたとえるならば、ケアルもケアルラも使えない白魔道士だ。
回復魔法は使えないけどヒットポイントと防御力はめちゃ低い。

(白魔法の使えない白魔道士なんて、パーティーに置いておく意味ある?)

眠ることだけはわりと得意なので、ひと晩寝るとすっかり全回復するのだが、いける!やれる!とあれこれ動いて速攻でHPが赤くなるのである。

年齢を重ねることでHP自体が減少してる。
歳とともに減っていくんですね。
だから「まだいける」と目算を誤るのだ。

そんなこんなで昨日もタイトなスケジュールを組んでしまった。
朝から動いてお昼も食べずに電車に飛び乗り、大きな川のほとりに移動。むしろそこからが昨日の本番だったのに、その時点でHPはすでに半分くらいに減っていた。

川のほとりの人と、話をしなければならなかったのだ。
どんな風に話をするかかなり考え、ノートに整理もしてみた。
しかし人は予想通りに動くロボットではないから(自分も相手もお互いに)、どんな展開になるかは予想はできないし、出たとこ勝負だな~というゆるやかな思いも持ちながら電車に揺られる。

とにかく一緒に考えようということ、あなたにはあなたの気持ちがあって当然だということ。

・・・

川のほとりの駅に着いたら、「菖蒲まつり開催中」という立て看板がどーんと出ており、いまがまさに菖蒲の季節なのだと知る。

菖蒲、いいな。帰りに寄りたい。

今日は暑くなるからと思ってうちわを鞄に入れてきたのだが、よく見たら、読売ジャイアンツの岡本選手の顔がどーんと入っているうちわを持ってきてしまった。
あおぎやすくて職場で愛用しているものだが、外では使いづらくない?
なんでこれ持ってきた?

東京ドームのグッズショップで見かけ、「あれ……鼻毛出てる?」と戻って二度見し、最終的に購入してしまったものなのだが…

いまどき加工でもどうにでもできるのに、なぜ…

こういう類のうちわ(ファンうちわ?)を普通に外で処暑の目的で使ってる人は見たことがない。
もし私が見たら、よっぽど岡本さんが大好きな人なんだなと思うだろう。
(ちなみにわたしは野球好きだが岡本さんの大ファンというわけではない、いえ好きだけど顔のうちわを持ち歩くほどでは…)

駅からの道中はすごく暑かったけど、結局このうちわは鞄にしのばせたままだった。

・・・

この前足が痙攣したという話をしたら、ふかふかの座布団を持ってきてくれた。

気持ちが優しい方だなと思った。

座布団に座って3時間、話をした。

迷って、悩んで、最終的に、一歩踏み出すことを選んだ。
勇気のいる決心だったけど、それでも選べたのは、その方がもともとその力を持っておられたからだ。

人はその人にしかない物語の中を生きている。
そして、その物語を自分で動かしていく力をちゃんと持っている。
支援というのはその力がちょっと弱まっている時にほんのすこし伴走するだけのことなのだ。

ふかふかの座布団に座って話ができたおかげで、わたしのHPは1にはならなかった。

帰り、駅の改札に入りかけて「菖蒲見てない!」とハッとする。
見に行くかどうか迷った。でもすでに日が暮れかかっていたし、残りHPはいよいよなくなってしまうかもしれない。

菖蒲はあきらめておとなしく電車に揺られて帰った。

でも、それでもいいと思えた一日だった。