双方向と破滅

「両思い」が叶うとき、幸せは満ちるか。それが純粋で阻むものがないほど、不安と疑念で不幸なのではないか。

互いに同じ熱量で同じ方向をみている、その矢印の反対側など気にしなくていい、ただひとり自分「だけ」を愛してくれる人がいる。

幸せかどうかは、心の持ちようで変わる。不幸せや破滅の要素は何もない、過去と戦ったところで忘れるほかない。

同棲をはじめた日、Yの日記を読んだ。

それまで「自分が愛されていない瞬間があった」と一度も疑ったことがなかった。15歳の時から付き合っていなくても、相手が一番好きなのは自分でたまたま「時」でないのだと思っていた。

今思えば、そんな自分都合なことがあるだろうか。わがままで一方的なことがあるはずがない。その思い込みは強く、自分の柱になっていたことを失ってから気が付く。

心の耐性が弱くなった。何にも身が入らない。自分は散々外を向いてきたくせに、内側が折れてしまうと、その柱以外何も変わってなどいないのにこんなにも情けない。

ここから、絶対に折れない柱を持てることなどないだろう。

少しずつ劣化していったそれを再構築はできない。

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