柴田聡子ばっかり聴いてる

 ここ1~2ヶ月くらい、シンガーソングライターの柴田聡子さんの曲ばかり聴いている。こんなに一つのアーティストしか聴かなくなる時期があるのは初めてかもしれない。
 最初に聴いた曲は「忘れたい」だった。

 Spotifyで挫・人間の「天使と人工衛星」を聴いていたら、その次に自動再生で流れてきた。好みにピッタリのメロディや曲調や歌声、その時の気分にピッタリの歌詞で、Spotifyのアルゴリズムも悔しいけど正確だなと思った。
 その後もいろんな曲を聴いたり映像を観たりして、楽曲のキャッチーさと同時にあるそこはかとない凄味や、柴田さんのたたずまいから感じるパーソナルな魅力に、すっかり夢中になってしまった。

 ぼくなりに思いついた表現でいうと、柴田聡子には「お」の口の形で歌ってる感じの時期、「あ」の時期、「う」の時期、という3つの時期があるように思う。
 『しばたさとこ島』『いじわる全集』『柴田聡子』は「お」の口で歌ってるイメージだ。はっきりとした歌声なんだけどその中にちょっとだけふてくされたような、いじけたようなニュアンスがあって、それがユーモアやかわいさを感じさせる。歌詞の内容も、僻んだりいじけたりといった人間臭い感情の表現や、とぼけたユーモア、そして怖さを感じさせる歌が目立つ。
 『愛の休日』『がんばれ!メロディー』は「あ」の口で朗々と歌っているイメージ。「お」期の屈折が若干薄れて、晴れやかに歌い上げているという印象だ。どんなテーマの歌でも希望や元気さを感じさせる力強さがある。個人的にはこの時期が一番キャッチーだと思う。
 『スロー・イン』『ぼちぼち銀河』『Your Favorite Things』はちょっと強引な気がするけど「う」の口のイメージだ。あまりハキハキしてない発声の曲が増えて、日本語離れした発音や譜割りで歌っている所も多い。歌詞は切なさや寂しさを感じさせるシリアスなものが増えた気がする。かわいさよりもかっこよさが強くなって、それまでと印象がガラッと変わっている。
 もちろんあくまで単純化したイメージとしての「お」「あ」「う」期であって、それぞれの時期の中にはその特徴に当てはまらない曲もあるし、1曲の中にも越境する要素が含まれていることが多い、というかそれがほとんどで、同じ曲に明るさと怖さがあったり、シリアスさととぼけたユーモアがあったりするのが彼女の曲のすごいところだ。

 今のところ特に好きな何曲かを紹介。

・結婚しました(『がんばれ!メロディー』より)

つくりもののまつげからこぼれ落ちる涙のうしろを
マツダの軽で追いかける泥まみれの赤い靴

 歌詞というか詩がすごい。「結婚しました」というタイトルで、全体的に多幸感に溢れた歌詞の中に「今好きなことどれくらい 好きでいられるかなんて話」「絵に描いてた梅は散ってしまい 枝だけ広がる画用紙も/許せるようになった日々が お待たせと頭をかいて」と幸せなだけじゃない不安や諦めの気持ち、そして肝心の結婚相手の描写やそもそも”結婚”のワードが一度も出てこない不気味さもありつつ、それでもやっぱりポジティブな気分が全体を包んでいる、軽快なようで摩訶不思議な詩に衝撃を受けた。
 MVもめちゃめちゃ好き。主役の2人がとにかく可愛いし、緻密に計算して撮られたであろう映像に最後の最後、コントロールしようがないある”出演者”が奇跡的に完璧なタイミングで映り込んでいて、魔法がかかっている映像だと思った。

・「後悔」(『愛の休日』より)

きのう名前を変えたよ
きっちり外国風のに
赤いソファーが届くよ
畳に置いたら変かな?

 心の動きの機微を切り取る手つきが感動的な歌詞の中で、2番のAメロの不可解さが良いアクセントで、ポップだけど唯一無二の魅力がある曲になっている。
 柴田聡子の歌詞にはこういう、一見意味を受け取りかねる部分が出てくることが多くて、それでもニュアンスはなんとなく伝わるという塩梅がいつも絶妙だ。謎解き的に意味を考えることもできるにはできるけど、個人的には、いろんな解釈を考えてそのどれでもあるような、どれでもないような気がするという、一意に決めてしまない受け取り方で歌詞を味わうのが一番しっくりくる。(たとえば「佐野岬」の不思議な歌詞についてはインタビューで本人の口から種明かし的なことが説明されていたけど、それを読んだところでやっぱり詳細には意味がわからないのが面白い。)
 メロディーのポップなセンスも天才的だと思う。爽快で伸びやかなサビのメロディーが、「バッティングセンター」から喚起される映像的なイメージと相まって楽しく、切ない。

・「ニューポニーテール」(『柴田聡子』より)

わたしからわたしが消えて真っ青な空と海
目にみえるものはすべてサファイア、ルビー

 この曲の歌詞は、上で言う「お」期のドキッとするような毒っけと、「あ」期の爽やかなポップさのちょうど中間地点のように感じる。
 文章としての歌詞も味わい深いけど、この曲で個人的に一番心を掴まれるのは、「すみれの花が、すみれの花が/すみれの花が、すみれの花が」と繰り返す、ほぼ意味の無い部分だったりする。メロディーの純粋な美麗さと、言葉が意味を離れて”調べ”になる瞬間が不意に立ち現れているようでハッとさせられる。
 後半の「さんご・ダイヤモンド・パール・プラチナ」の繰り返しも同様で、その語感と調べの良さは、珊瑚や宝石自体のイメージによる良さを余裕で超えてしまっている。大げさでなく”うた”というものが根源的に持っている魔力が表われているような、さりげなく凄まじい曲だと思う。

・「カープファンの子」(『しばたさとこ島』より)

カープファンのあの子は可愛いね
いつの間にかバンド組んで
ギター弾けないからボーカルで
相変わらず可愛いね
あの子に子供が生まれる前に
わたしに子供ができる前に
もっともっとひどいこと
考えておかなくちゃ

 レパートリーでひときわ異彩を放つ初期の異色曲。大森靖子の初期曲と言われても違和感がなさそう(実際に靖子ちゃんと対バンでこの曲をデュエットしたこともあるらしい)。映像も最近とイメージが全然違って驚く。でも最近もこの時のチャーミングさはわりと残ってる気もする。
 この曲もやっぱり、強烈な歌詞に挟まれた「あーああー」の部分に理屈を超えた魔力がある。

・「いきすぎた友達」(『いじわる全集』より)

花を飾るのはいきすぎてる 摘んでくるのはもっと
冬を待つのもいきすぎてる 秋をなんとなく嘆くだけ

 最初聴いたときはタイトルのイメージから女性同士の関係かと思ってたけど、「電話に出る声あんたか父さんか兄さんかわからない」とあって男女の可能性もあるなと思った。同性でも味わい深いけど、男女の関係を恋愛じゃなくて「いきすぎた友達」ってあえて言うのも若干倒錯を感じてそれはそれで良いな、と思ってまた聴き返すと、多分子供同士のことを歌ってる歌詞だなと気づいて三度印象が変わった。いずれにせよ危うさと可愛らしさがあって良いと思う。
 MVがやばすぎる。

・「旅行」(『ぼちぼち銀河』より)

見て!「世界はーつ」だって!なんで?
違うよ!「はーつ」じゃなくて
「世界は一つ」だよ

 なんとなく聴き流す分には楽しげな旅行の歌だけど、よくよく歌詞を読むとあんまり良い旅行じゃなさそうなのが可笑しい。「旅行」って曲名のくせにサビが「帰りたいでしょ?」なのすごすぎる。「あやしい門」をくぐって「暗い中をずっと」歩いて「世界は一(ひと)つ」って書かれた看板を見かけるの、どう考えても不気味な描写なのに、なぜかやっぱり楽しげにも感じる。と思ってたら最後の歌詞で「今は牧場を走ってるのに気付いた?」とか言われて「!?!?」とビックリさせられて、おしまいに「ピヨーン」ってオチみたいなギターの音が鳴って狐につままれた気分になる。何なんだ!?

・「ジャケット」(『ぼちぼち銀河』より)

銀河から落っこちてみたとばかり気取って揺れている
木が刺さったとこから見える真っ暗闇が誘ってくる
完全な姿で著しく欠けているのにお澄まし顔
君は君の魅力のたった1%すら分かっていない

 テンション上がるカッコイイ曲。珍しくハードロック仕立てだけど、歌詞にも歌い方にも演奏にも彼女らしいセンスの”ハズし”がちょっとずつ入っているのが絶妙で、こんな曲でも完全に柴田聡子ワールドになっていて何かのパロディっぽくなっていないのがすごい。歌詞のハズしでいうと、「どんぐり」「つむじ風」「石ころ」っていうかわいいワードがちょいちょい入ってくるのがとぼけた味わいで可笑しい。
 MVの柴田さんが、映画『来る』の時の松たか子みたいで格好いい。

・「ワンコロメーター」(『がんばれ!メロディー』より)

ワンコロリン ワンコロリン コロリン
ワンワン コロリン ワンコロリンワン

 ほぼ1コードでできた、何か言うだけ野暮に思える曲。(もしかして「ワンコード」とかけてる?)でも歌詞は実は悲しかったりする。
 ライブバージョンの演奏が、打ち込みを人力で再現しててすごい。

・おまけ

↑ずっとすげえ可愛い。

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