ミスドで出会ったお母さんのこと

まだ息子が2歳くらい、幼稚園に入る前のことだった。
かれこれ10年前のことで、それも、たまに行くミスドでの、ほんとにちょっとした出来事だったのに、あの時感じた胸の温かさとか、本当に美しいものに出会えた感動は、少しも色褪せることなく今も思い出すし、なんならどんどん輝きを増して、私の中で醸されている。

私は、息子が夢中でドーナツを食べるのを見守りながら、口の周りについたチョコやクリームを拭ったりしていた。幼い子供が夢中で食べてる姿って可愛い。
「おいし?」って聞くと、こくんと頷く息子は本当に可愛かった。

目の前に、30近い男の人がいた。
まだ肌寒い季節だったのに、半袖のTシャツを着ていて目を引いた。食べている間も、ソワソワと窓の外に目をやったと思えば、自分のシャツで手を拭いたり、頭をかいたり、落ち着かない。
食べ終わると、隣に座っていた年配の女性が「片付けておいで」と声を掛けた。良く見るとそっくり。お母様だと気付いた。
並んで座っていたけど、会話がなかったので親子だと気付かなかった。片付けに向かう息子さんを目で追っていて、ふと、夢中でドーナツを食べている目の前の3歳児に目が止まったのだろう。
にっこりと目元が緩んで、柔らかい笑顔をウチの息子に向けて、私に話しかけてくださった。
「可愛いわねぇ。ウチの息子にもこんな時があったのに、あっという間に大きくなっちゃって」
「わかります。上の子はもう成人してるので。子供の成長って何よりの幸せですよね」
そう返すと、目をまんまるにして驚いた後、にっこり笑って息子さんに目を移したそのお母様は、笑顔のまま私を見て言った。
「そうなのよね、うちの息子もつい最近初めて話したんですよ。嬉しかったわぁ」
目が、潤んでいた。その喜びの大きさが真っ直ぐに伝わってきて、私まで泣きそうになった。
「それは嬉しかったですね」
そう返すのが精一杯だったけど、心からの共感だった。
彼女も私も、同じ「お母さん」だ。

あの時はまだ、我が子が自閉症だと知らずにいた。
言葉や運動機能に発達の遅れを感じて心配することもなかった。ちょっと幼いけど、早生まれだからと思っていた。
年はお聞きしなかったけど、戻ってきた息子さんはやっぱり30才前後に見えた。息子さんが話をするまで30年待ち続けたそのお母様の眩しい笑顔。
たまたま立ち寄ったミスドで、たまたま目の前に座った私と、ほんの二言三言交わした会話の中に、そのお母様と息子さんが一緒に歩んできた時間がぎゅっと詰まっていて、息子さんを丸ごと受け入れて生きてきたお母様のお人柄と深い深い愛情は、見たことない輝きを放っていた。
あんなに慈愛に満ちた目で息子を見つめられるお母様。
素敵な人。

息子が自閉症だとわかってから、折に触れてあの時のお母様を思い出す。
私がこれから息子と歩いていく道の先に、あのお母様を目指している。
あの日、あのお母様と出会わせてくださった神様に感謝。

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