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一番星が消えた夜に

一年前の今日。
とあるバンドが解散した。

高校3年生の夏。
私はそのバンドの全国ツアーのオープニングアクトに選ばれた。

その日は九州北部豪雨の直後。
道路や鉄道が至る所で寸断され、長崎の会場まで行く方法が見つからず、最悪出演できないかもしれなかった。

バンドスタッフの方々に事情を話し相談したところ、すぐさま利用できる交通手段を調べて教えて下さったことでなんとか長崎まで行くことができた。

実は、コンテストに応募した時点で私はそのバンドのことを全く知らなかった。

出演が決まって慌ててCDを聴き、勉強してその日を迎えたものの、果たしてメンバーがどんな感じなのか、そこまではわかっていない。

わかっているのは全国ツアーをするプロのバンドであること。

さぁ、いよいよ初めて会うプロのバンドマン。
金髪のお兄さんもいる。
怖いのかな…と内心ドキドキしながらライブハウスのドアを開けると、待っていたのは優しい3人のお兄さんだった。

私のリハーサルの時も、まだ誰もいない客席で頷きながら聴いてくれて、MCの練習をしているときも盛り上げてくれた。

ライブ前にもアマチュア高校生の幼い質問に3人それぞれが真摯に答えて下さって、その時話した内容はいつでも見返すことができるよう、今でも大切にスマホのメモに残している。

私は正直プロのバンドのステージに出して頂けるだけで恐れ多いことだと思っていたし、そもそもご挨拶が出来るかどうかくらいだと思っていた。

だからこんなに優しく温かく迎えてくれたことに驚きながら、少しずつ本番に向けての緊張が解れつつあった。


けれど、本番までに心配なことはもうひとつあった。

私の出演時間は、開場してお客さんが入ってからの10分間。

もちろん、お客さんは全員バンドのファンの方たち。

バンドのライブを見に来たのに、どこの誰かも知らない高校生の拙いオリジナル曲をまず聴かされることになる。
私はものすごい緊張と不安が入り混じり、ステージに出るのが怖くて仕方なかった。
誰だこいつ、という空気になって当然だ、それでも最後まで私の歌を歌おう、そう思って覚悟を決めてステージに出た。

すると会場からは暖かい拍手が。
驚いて見渡すと優しい眼差しで私の歌を聴こうとしてくれているたくさんの方たちがそこにはいた。
私が自己紹介をすると頷きながら聞いてくれる。
そして歌い始めると、音に乗って揺れながら、しっかり届いているよと私に伝えるかのように、優しい空気で包んでくれた。

その時のビデオが我が家にはあるのだが、拙すぎるMCと、曲を作り始めて数曲目のこれまた拙い2曲のオリジナル曲。
今見ているとやり直したくてたまらないが、それでも会場にいたたくさんの暖かい方達の後ろ姿に会いたくて、時々見返してしまう。

ファンとアーティストは鏡のように互いの姿を映すとよく言われるが、まさにそのバンドとファンの纏う空気が私は大好きになってしまった。


それから5年ほど経った頃、唐突にそのバンドの解散は発表された。

解散の日まで一年ほど猶予が設けられた。
それはきっと、ファンの気持ちを考慮しての彼らからの最後の優しさだったと思う。

ずっとそこにいてくれると思い込んでいた。
彼らだけは解散するわけがないと思い込んでいた。
あの優しい音楽が、優しい空気が、この世界からなくなってしまう。

ラストライブは東京と神戸の2ヶ所で行われる。
私は最初で最後の遠征をしようと考えていた。

けれど、最後の最後まで悩んだ結果、ラストライブには行かない決断をした。

私は、彼らの中に悔しさややるせなさ納得のいかない気持ちを残したまま解散が決まったのだろうということを、この一年の猶予があったことで感じてしまっていた。

私の想像でしかないと言われればそれまでだが、大好きだった彼らの笑顔や空気感が微妙にすれ違っていることを、勝手に感じてしまっていた。

ラストライブに行けば、それを目の当たりにしてしまうことが怖かった。大好きな彼らの苦しさや悲しみを肌で感じることが怖かった。

大好きな彼らを、大好きなままで、私の見た彼らのままで、大切に取っておきたかった。

解散の日。
ずっと彼らのことをぼんやり考えながら、最後まで一言も何も触れることができなかった。

2023年2月26日。
私にとっての一番星が消えた夜。
伝えたくても伝えられなかった私の想いはひとつの歌になった。

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