あなたのことを


何かのはずみで、
あの時飲んだ
変わった香りの紅茶のことや
緊張して手を伸ばせなかった異国のお菓子について
ふと、思い出した。

あなたに会えた喜びで興奮しながら
鬱蒼とした坂道を下って帰ったことや
馴染みのない地下鉄駅の少し薄暗い切符売り場を
とめどなく思い出した。

その時、一緒にいた人の業界話や
あなたに一眼会いたくて遠路はるばる来たけど
宿を決めていない学生さんを心配したことを
ぼろぼろと思い出す。思い出す。

なのにあなたのことだけは
逆光のように薄暗く
思い出すことができない。

蔓棚の下で司会の女性から
この朗読会を催す
伝統行事の説明を聞いたこと
あなたの詩がその国の言語で発行されたこと
その詩はどちらかと言うとエキセントリックな作品群だったことを
思い出す思い出す

でもあなたの声も
あなたの姿も
ちっとも動きださなくて

あんなに大好きだったあなたの
記憶がこんなに乏しくて
呆気にとられてしまう。

パソコンを立ち上げて
地図を開く
会場になった某国の大使館を調べると

どうさがしても見つからない
近代的なビルばかり映し出され

私はあの日の記憶を受け止めてくれる
現実を失ってしまった。

あなたの残像と
いつかの幸せな夜道の
甘い思い出

あなたのことを思い出したの

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