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1月17日 指が1本多い程度のこと

さて書くよと思ってここを開くと、死してしかばね拾うものなし、と言う言葉が大抵何回か頭で再生される。
そういう頭になってしまった。
死して尸拾うものなし、がここへのぞむ気持ちにとても近い言葉だ、意味というより音として。シシテシカバネヒロウモノナシ

一瞬ゴスロリなどもやっていたわり、意外と初めてのドクターマーチンを買った。
割と前から欲しくてそのうちにドクターマーチンの店舗行く……とずっと思っていた。ら通りかかったBEAMS JAPANにあったのでやったー。
新宿東口にあるちょっと特殊なBEAMS、点数は絞ってるけどいつもセンスのいい雑貨やアパレルがあって好きなBEAMS。
何より決まって月に一回あの通りを歩く用事がある。

服は好きなブランドや古着屋さんのネットストアでのお買い物が続いて、店舗には行けていなくて少し寂しい。
初めて展示会で新作を買うということもしたけど、それもオンライン。
Ka na taのパンツを。

動物はどれくらい感情があるのだろうと思う。
もし人と同じくらいかそれ以上に感情があるのなら、どうして人に比べて表情にでないのだろうと思う。
というのは人主観の考え方で、例えば動物の感情は毛並みや瞳、人には見えない物質で表現されているのかもしれない。
人よりもずっと富んだ感情を、人に分からない形でやりとりしているのかも。
もしくは、感情というものは他の種族から見たら指が1本多い程度のことなのかもしれない。
人の持つ表情による感情表現という特性は、皮膚が鱗だったり、ツノがあったり、そういう生活や人生を少し便利にして可能性を広げる、ひとつの道具に過ぎないのかも。
そもそも感情なんて名前をつけて情緒で愛でているのも人だけで、本能の仲間にすぎないのかも。
動物は本能と感情をそんなにわけて扱ってないだけかもしれない。
そうすると人が言葉をどういうふうに便利に扱って自らを過ごしやすくしているか、そういう話だ。
こんなことをずっと考えながら、1日中、何十年か、生きている。

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