4月25日 正しい努力
ふう、さっき……。
本棚の棚が抜けてしまった。
重い本が多く、いつも棚が突然抜けるか真っ二つに折れるかしてしまう。
次に買う丈夫な強化本棚の目星をつけたけど、値段もさることながらかなり重さがありそう……。
気ままな一人暮らしは、大型家具家電の買い替えと粗大ゴミを出す時だけ本当に……怪我もするし。今から憂鬱だ。
学ぶほどできてなかった部分、できない部分、まだ当分できそうにない部分がはっきり見えてきて、習得すれば軽くなると思われた心は重くなるばかり。
学ぶと、自分の悪いところが沢山見えてくるという良いことが起こる。
正しく上達するには大抵自分に何が足りないか具体的に気づくことから。
「何でか思い通りにいかない」と思ううちはまずスタートラインのある場所まで全力疾走しなければ。
継続は力なりとか続ける才能とかいう言葉があるけど、表面の意味だけ鵜呑みにして同じこと毎日続けていても前には進まない。
「とりあえず毎日ギター触るようにしてます」ではどんどん上達なんてしない。
自覚と反省がなければ、知識と体験は堆積しない。
学生時代のテスト前日、一夜漬けの丸暗記で得た知識は2日も経つと殆ど忘れていたように思う。
興味の無いことだからだ。
しかしテスト範囲丸暗記の中でも、面白いと思ったことはともすれば今日まで憶えている。
個人的には古事成語の由来とか古代文明のこととか……。
自分が興味を持ったこと、好きなことに対しては知識と経験が堆積する。
だから……。
何か進歩したいなら、毎日努めて続けることより、まず対象を今1番楽しく研究できる好きな角度を探すことだ。その後で、至る道のりを進む。
でなければ毎日続けても変化はない。
意識していない知識は堆積しない。毎日の入浴や歯磨きと同じだ。行程が目的になっていて、目標として意識してない。
毎日続ける、は正しい努力ではない。
上達を目的とするならば。
毎日続ける中で、得たものを自覚することで初めてただの継続は正しい努力になる。
人によっては全部逆かもしれないけど……知識を堆積させたいと思うのが好きということだし、上達するから好きなんだって。
あれこれ考えず邁進できるならそれも良いけど、上達や努力の正体を自分なりに考えるのは興味深く楽しい。
努力を好きになる。
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