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小説 新大阪へ続く道 2

明日は弁理士試験の論文試験の日。
受験地は東京。今は大阪。
新幹線がなくなった時間。
僕は新大阪駅に続く道を全力で走っている。
30歳、独身。窓際族。
25歳から、いや入社した22歳からずっとリストラ候補生。
いっそのことクビにしてくれと思っていた。
この会社には新卒で開発職てして入った。
開発と言っても2年くらいの話。
後輩が失敗したプロジェクトをやっていたことにされた。
若手にチャンスをという一大プロジェクト。
失敗したら責任問題だそうだ。
後輩は偏差値の高い大学を出ていた。
課長と同じ。
優秀と言われていた。
周りはポンコツ。僕はボンクラ。
なんもやることがないから後輩の頑張りを眺めていた。
失敗した。もう間に合わないとなったとき、後輩は会社を休むようになった。
もうダメだねという段階で、僕に全責任を被せた。
悔しくて、悔しくて。
とにかく頑張った。
するとうまく行った。成功した。
僕が優秀?いや、周りがポンコツなだけ。
ただ、これで僕の時代が来る、と思った。
少なくとも、窓際じゃなくて、学歴なんか関係なくて、しっかりと仕事をもらえる、なんて幻想。
僕は成功した日、やっていないことにされた。
後輩がやっていたという。
みんな口を揃えて真顔でいう。
同僚も、床にデコを擦り付けて日程を調整した人も、みんながみんな口を揃えていう。
君は頭がおかしいのかもしれない、ゆっくり休みなさい、といわれた。
心療内科を勧められる。
1人だけ、俯いて泣いていた。
一緒にやった派遣の女性。
周りは能面。彼女は人間。
上司から肩にポンと手を置かれ、あまり騒がない方が君のためだよ、君がいろいろいうと彼女の立場も悪くなるからねと耳元で囁かれた。
右手をぎゅっと握りしめた。目を閉じた。
明日は見えなかった。

今は営業所の備品管理。
上は適任と言った。
ボールペンの補充をするのが仕事。
ボールペンはそうそうなくならないから仕事なんてないに等しい。
トイレに行って鏡を見るとニコニコしている僕がいる。
それを見ると吐き気がした。
今生きている理由は何かと考える。
彼女がいるからと答える。
僕が落ち込んでいた時に、右手を両手で掴んでくれて、涙ぐんでくれて、一緒に生きよと言ってくれた。
残りの人生、命を彼女のために使いたい。
ニコニコするのは処世術。
何も言わず、言われたらニコニコ。
毎日毎日、誰も見ないボールペン在庫管理のノートを誰も来ない地下にある倉庫で書く仕事。
我慢していたのかもしれない。
抜け出したかったのかもしれない。
僕は弁理士という資格に全てをかけることにした。
受験の前日に大阪支社で仕事といわれた。
会社の始業前に条文を見ていたのを見られたから。
生意気だ、辞める準備をしてるに違いない、受かったらまずい、邪魔しようみたいな発想。
ニコニコした。僕は受け入れることにした。
彼女が入院している。
電車の事故にあった。意識がない。眠ったように眠っている。
高い医療費。電車の会社はなぜか争う姿勢なのか、ぐだぐだいってお金を払わない。
僕はお金を出すと言った。
お金はすぐになくなる。
国は国民を守るなんていう。
周りは意識がなくなっていかすのは税金の無駄という。
インフルエンサーや経営者みたいな人が世論を構成し、言いようもない圧力をかけてくる。
生かすなよ、無駄なんだから。
そういう声が聞こえてくる。
誰も言ってないかもしれない。誰も言ってないかもしれない。でも聞こえてくる。
お金がないから弁理士試験ダメだったら諦めるつもりなんだ。
病室で眠る彼女に語りかける。
彼女の右手の中指が動く。多分振動。でも会話ができてるみたいで嬉しかった。
生きるために死ぬ気でやると決めた。
嫌がらせを受けた。
でも、試験を受けたら変わる。
受けに行けたら受かる。
新幹線が無くなる時間まで拘束され、解放されたとき、何度も何度も何度も、受けたら受かる、彼女のため。が聞こえた。
新大阪に続く道を風を切って走る。
息が切れるのを忘れて。