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【創作大賞2024】昔話 第三話

営業所でボールペンの数を数える仕事に従事しています。
最近は各種書類の電子化が行われており、契約書の作成もすべてタブレットで行われています。
そのため、ボールペンを使うということがめっきり減りました。
コロナウイルスの影響で、在宅勤務の人が増えたのもあります。すべての作業がオンラインで完結しますので、ボールペンなんて使う機会がほとんどないのだと思います。
ほとんど減ることのないボールペンを数えるために各階にある備品管理棚を確認します。
ほとんど人がない居室に入り、減ることのないボールペンの数を数えると一日がすごく遅く感じます。
全ての部署の棚を確認し終えたら地下の備品管理室にある自席に戻り、個数をノートに書いていきます。
この部屋に来る人はほとんどいません。わたしがボールペンの数を数えるために棚を開けたりしていると女性の事務員の人がうわさ話をします。
わたしは、付き合っていた彼女を騙したか何かで問題になり本社にいられなくなったという内容でした。
一回「違いますよ」と否定したんですが、すごく怖がった顔をして、上司に助けを求めるようにされました。上司から「被害妄想もいい加減にしてください」というので、否定はしないようにしました。
もちろん肯定もしません。
噂話は聞こえてくるけど、貶める声は聞こえてくるけど、聞こえないものとして処理することにしているのです。

10年が経ったけど、後輩から開発に戻すという声がかかることはありませんでした。
少し振り返ってみたいと思います。
まず、後輩にメールをしたことがありますが、返信がありませんでした。
電話も出てくれません。
電話をすると上司から、「本社に電話をするな」とすごい形相で怒られるのです。
1年ぐらいは確認をしていたんですが、どうやらまた騙されたんだろうと諦めることにしました。
悔しいという気持ちはなぜかわかなかったんです。
まだ真奈美について引きずっていたのだと思います。
兵庫に行くといった時、何でプロポーズをしなかったのか。行くなと言えなかったのか。妹にダメと言われても最後の姿を見ておけばよかった。甲斐性のないわたしにすべての原因があるんだと責めていたんだと思います。

事故の加害者は自己を予見することができないため無罪になる公算が高いと知りました。
激しい怒りが起こりました。何とかしたいと思いました。
遺族でもないわたしが何ができるだろうかと考えました。
裁判にかかわれる弁護士になると決めたんです。
司法試験をチャレンジしたのは、彼女が死去して一周忌の日に決めました。
真奈美のお墓に誰もいないことを確認し手を合わせました。
家族に嫌われていました。玄関で「一緒にお参りさせてほしい」とお願いしたら、「もういい加減にしてくれ」と言われたので、こそこそしながら彼女のお墓を手を合わせるのです。
司法試験になかなか合格することができませんでした。
司法試験が難しいから当たり前という考えもありますが、ただ単純にわたしは頭が悪かったんです。
でもあきらめきれませんでした。何もない仕事をして、何もない家に帰り、何もない人生を過ごしている空虚さを周りから無謀と馬鹿にされることでも何か動いていることで頑張れるような気がしたんです。
予備校でも仙人みたいに言われていました。
ベテラン受験生とか馬鹿にされるんです。
若手で合格した人が「だからダメなんですよ」と言ってきます。
受験していた時は仲間とか言っていたのに、一抜けすると馬鹿にするのです。
そういうのが嫌で通信で勉強をするようにしたんです。
なかなか合格できない状況でした。
何回も受験していると司法試験の制度が法科大学院に行かないといけない制度になったと知りました。
今までは大学を卒業していたら受験することができていました。
わたしも大学を卒業していたので受験することができたんです。
ですがそれではできなくなりました。
一緒に勉強をしていた人の中には司法試験をあきらめる人も出てきました。
わたしにも「どうする?」と聞いてきますが、「わたしは辞めれないかな」と言いました。
このまま受からなくても最後のまで受け続けるつもりだったんです。
目標があったからです。
だから、夜間にやっている大学院に通うことにしました。
ボールペンを数える仕事以外に仕事なんてないし、毎日定時だから勉強する時間を捻出することができました。
勉強を始めて9年目、奇跡的に合格したんです。
かなり遅い合格だったと思います。
でも合格発表のホームページにわたしの番号があったんです。
その番号をスマートフォンの画面で確認しました。
地下の倉庫は昼になると節電のため電気が消されます。真っ暗になるのです。
スマフォの画面の明かりだけですが、番号を見たとき、なんだか部屋が明るく感じたんです。
そして、どこかいい匂いがしたんです。
高揚感を感じさせる匂いです。
懐かしいと思いました。
真奈美に最初に会ったときの匂いだと思いました。
当時の光景が鮮明に思い出しました。
なんか涙が出てきたんです。
そして、ガッツポーズをとって、「ヨシッ」と言いました。
あぁこれで報われるかもしれないとでも思ったんだと思います。
合格した日に、真奈美の実家に行きました。
お義父さんが「また君か何の用だ」と言います。
「司法試験に合格しました、真奈美さんの加害者への裁判に参加したいので」とうつむきながら言いました。
「裁判?刑事の?もう終わったよ。無罪だよ、無罪」
「えっ無罪」
「事故をあらかじめ予見することができなかったとかだ」
「‥‥」
「もういいか、俺たちはもう未来を向いてるんだよ」
「‥‥」
「あと、真奈美の墓に来てるだろ。お坊さんから聞いたぞ。それも辞めてほしいんだ」
「あの、それだけは許してもらえませんか」
わたしは頭を下げました。一生懸命。もう引けないところまで来てるのだと思っていたからかもしれません。
「・・・・・・ダメだ」
「お願いします、お願いします」
「もう迷惑なんだ、これ以上言うなら警察呼ぶぞ」
お義父さんに怒鳴られて、すごすごと帰りました。
近くのファミリーレストランで、ニュースを久しぶりに調べました。
確かに民事はすでに決着がついていて、刑事は直近で無罪になって終結していました。
「なんだ、おれ、いや、わたし、無駄なことしてたんだ」
手がふるえました。足もふるえました。
顔が変な笑顔になっていました。
それを見た店員さんが気持ち悪そうな視線を向けていました。

司法試験に合格すると、同期と言われる人ができます。
働いている会社にも同期はいましたが、大学が違うので、人によるところがあるのだと思います。
一方で司法試験の合格者になると、強いつながりを感じました。
年下の人が多いけど、どこかしら仲間という感覚がありました。
同期の加藤はわたしのことを兄さんと言ってくれました。
現在26歳で一発で合格した人です。
わたしが結婚していないこと、彼女がいないことを知っていました。
すると、
「え、かっこいいのに。勿体無いっすよ。合コンしましょうよ」
「いや、いいよ」
「えーお願いします、顔を立てると思って、兄さんお願い!」
と手を合わせてお願いされました。
「じゃあ参加してみようかな」
「やったー」
自分の中で10年経ったしという気持ちがありました。
合コンは25歳から30歳くらいの看護師さんがくるといった。
「病院関係かぁ」
「なんかあるんすか?」
「いや前の彼女を思い出すんだよ」
「あの事故でなくなった?」
「あぁ、」
「みんないい子だから大丈夫っすよ」
高級そうな飲み屋が会場、女性が2人すわっていました。
もう1人は急患入って少し遅れるとか言っていました。
2人とも綺麗でした。
30歳の飯塚さん、主任で、北川景子さんににている。年下だけどお姉さんみたいな感じがする。シンプルな感じで紺の服を着ていて目が合うと目を細めてニコってしてくれるからいい人なんだろう。
仕事が忙しくて恋愛ができなくてとお酒を飲んだら話し始め、「男っぽいでしょ」と顔を近づけつて話しはじめて、わたしが「えっそんなことないよ」と言ったら、「うふふっ」て笑う。可愛いなって思いました。
28歳の遠藤さん。
幹事で、飯塚先輩に彼氏を作って欲しいんですよという。同期の加藤にニコって笑いかけていて、笑い返していたから多分付き合っているみたいだ。
もう1人の人は25歳で恋愛に奥手だから無理矢理連れてきたんですよ。
「すみません、遅れました」
息を切らして地味目な服をきた女性が部屋に入ってくました。
「田辺ちゃんおそーい、もう始まっちゃってるよ」
「すみません、でも先輩も悪いんですよ」
「田辺ちゃんごめんごめん」
入り口でのやりとりに目を向けました。
なんか真奈美に似てる。
遠藤さんが、「今日は弁護士の先生なんだよ」
「えっと」
と、田辺さんと付き合わせようとしてる後輩を紹介する様に加藤に目配せする。
「こいつ、俺の後輩で金本ね。渉外やってて、うちの若手のエース」
「そして、わたしは加藤です。遠藤さんとお付き合いを。」
でこちらは、
と私を紹介しようとしたときに、田辺さんはカバンを落としました。
「えっ・・・・・・」
田辺さんはわたしを見て固まりました。顔が徐々にしかめっ面になりました。
眉をひそめ、肩がふるえます。
それを見た遠藤さんが「あれ、田辺ちゃんお知り合い?」と近寄りました。
「何よ」
「えっ」
「あんた何でこんなところに来てるのよ」
「‥‥」
「お姉ちゃん」
ふるえていました。
加藤がばつ悪そうに「もしかして、元カノさんの妹さん?」と近寄りました。
「もういやなの、あなたの顔なんてを見たくないのよ」
「うん、ごめん、俺帰るわ」
とぼとぼ帰ろうとしたら、飯塚さんがわたしの右手をつかんで、「あの、田辺ちゃん、何があったかは知らないけど、いきなりそんなこと言うのは良くないよ」とにらみつけました。
田辺さんは、はっとして、「すみません、わたし帰ります」と走って出ていきました。
「あっ、俺もちょっと行くわ」
財布をもって追いかけました。
田辺さんは駅に向かって走っていました。
背中を追ってわたしも走りました。
「ちょっとまって」
「いや」
「何で走るんだ」
「あんたの顔を見たくないからよ」
「いいから」
と右手をつかんで止めました。
「真奈美のこと、ホントごめんなさい、でもあの時電話に出なかったんじゃないんだ。出れなかったんだ」
「うそ」
「嘘じゃない。俺、一部上場企業に働いているけど、窓際で、営業所でボールペン数えてる、場所が地下だから電波が入らなかったんだ」
「そんな状態でお姉ちゃんと結婚するとか言っていたの」
「いい加減だよな。でもあの時本社のエンジニアに戻れるって言われてて、結婚したら二人で支えあっていけるって思ったんだ」
息を切らして話すわたしをみて田辺さんも息を切らしていました。
近くにあるベンチに座ろうというと、うん、と頷きました。
「これ、コーヒー」
「ありがと」
「でもな、俺騙されてたんだよ。今もボールペン数えてる、かっこ悪いよな」
「でも合コン参加してる、もうお姉ちゃん忘れてる」
「忘れてない」
「でも」
「でもじゃない。お義父さんから、もう来ないでくれって言われてるし、何もできないんだ」
「そっか」
「そうだよ、でも、ホント恥ずかしい。だって命より大切な人がいなくなったのにまだ生きてるんだよ」
「生きるのはいいんじゃないの」
田辺さんはコーヒーの飲み口を指で触る。真奈美の癖だと思いました。それを見ていたらなんか悲しくなってきました。
「でもね、復讐したくて司法試験勉強をしたのに、間に合わなかったし、エンジニアにもなってないし、合コンに参加したら真奈美の妹に会うんだ」
涙をしながら話すと田辺さんが笑いました。
笑うと右側にえくぼができます。真奈美に似ています。
「ほんと真奈美に似てるな。見てるとホント」
「妹だし」
「みんな心配してるからお店に戻ろう」
「‥‥うん」
二人でお店に戻りました。

職場ではわたしが司法試験に合格した話でもちきりになっていました。
あのさえないおっさんが、司法試験に合格している、今まで馬鹿にしていたのにです。
どう考えてもおかしい待遇にしていた課長は胃が痛くて休みがちになりました。
地下の倉庫で働いていたわたしを居室に来るように指示がありました。
仕事もボールペンを数える仕事から、営業の仕事に変えるというのです。
課長が、「まぁなんだ、今までの仕事の仕方を評価して、営業の仕事をさせたいと思うんだ」とおどおどしながら話します。
「えぇ、まぁ」
「ちょっといいかなぁ」
「はぁ」
会議室に呼ばれ、課長が二人きりになるといきなり頭を下げだしました。
「ほんと申し訳ない。今までのわたしは何かおかしかったんだ。どうか人事に言わないでほしいんだ」
「コンプライアンスですか?」
「そうなんだ」
「水に流せとかですか」
「いやそこまでいわないけど、そうしてくれたら嬉しい」
「まぁ流せないですよね」
「ほんとすまない」
頭を下げます。何度も何度も下げるのです。
「ちょっと考えます」
「どうかよろしく頼むよ」
課長は泣きそうな顔でわたしにすがるように頭を下げました。