ぎょうざ

おとうが死ぬ少し前、いやだいぶ前、わたしを連れて築地~銀座近くまでドライブした

築地のあいがけを出す店がうまいんだとか、あの店がうまいんだとか、たくさん言ってたのになんも覚えとらん、ちくしょううまいものは食べたい

そのときなのか、どのときなのか記憶が曖昧だが、
銀座天龍でお昼を食べた
ここの餃子はでっかくてうンまいんだぞ、
そう言って、2人ででっかいでっかい餃子を食べた
もの心ついてからずっとやさぐれていたわたしも
うまい、うまいって言いながら食べた
たぶんそんなに手持ちもないことを子どもながらにわかっていた
けど餃子ならって、ちょっと気を許して目の前だけに集中したんだろう
このときのことだけ、他のことよりちょっとだけ多く覚えてる

どんな顔して、わたしが食べるのを見てたんだろうな

笑う、眠る、忘却する
わたしは未だにいろんな辛いことを忘れて生きている
すべて覚えていたらきっととっくにわたしは死んでいるだろう

おとうが死んでからずいぶん経った
時間が経てば何かが解決すると思ってた
けれど、わたしだけじゃない、いろんな人の心のなかでは、
まだおとうが死んだことをうけとめられてないんだと思う
誰かがおとうの話をするとき、それはそれは鮮やかに広がっていく
まだ近くにいるみたいに話の色が褪せていない

もしわたしが死んだなら、みんなわたしのことを全てさっぱりきれいに忘れてほしい
色鮮やかに話をしないでほしい
顔も名前も声も言葉も物も全部忘れてほしい

これは遺書じゃない
ただ思い出から言葉が引っ張られてきただけの何かだ


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