欠けていた私

10年前の私に言葉をかけるなら、
その時、私に1番ふさわしくない言葉をかけたい。
「私はあなたが大好きよ」と。

10年前、私は16歳。
高校1年生。
ちょうど痩せ始めた時だった。
16歳、思春期。
私はダイエットに目覚めていた。
体重が減る度に、自分が認められてる気がしていた。
みるみるうちに体重は減り、その年には30キロ代突入。
162センチ、35キロ。

私は中3の冬から精神科に通っていた。
きっと、もともとの病気があってからの食行動の異常だったのだろう。

診断名は摂食障害。入院になった。
入院した日の夕飯。
私は病院のベットに座り、テーブルに置かれている食事を少しずつ食べ始めた。
一口食べた。
そしたら、涙が出てきた。
ご飯を食べながらボロボロ泣いた。
久々のご飯。

〈私、ご飯食べれるんだ。
食べて良いんだ〉と思う反面、
〈太る。なぜ私は入院して、ご飯を食べてるのだろう〉

そんな複雑な気持ちが私を襲っていた。
その日の夕飯はほぼ食べた。

私は小さい頃から食べるのが好きで、体型も普通。
だからこそだろう。ダイエットにハマったのは。

それからの4年間の私は、入退院を繰り返した。
何故なら命の危険があったから。
私は自傷行為が目立つようになった。
自分を傷つけることで自分を許せる気がしたから。
大量に薬を飲んで救急車で運ばれることもあった。
閉鎖病棟の保護室にも入院していた。
想像を絶する日々だった。


そんな私は今、時が経ち母になった。
隣には旦那がいて、膝の上には娘がいる。

結婚、妊娠、出産を経て、
とても大切なことを教わった。
命の尊さ、大切さ、儚さ。そして人を愛すること。

だから私は、10年前の私にこの言葉をかける。
「私はあなたが大好きよ」と。
その当時、自分のことなど好きになれず、むしろとても憎かった私。

そんな私に今は、愛する家族がいる。

10年前、おそらく人生の底辺にいたであろう私には、想像もつかないことだろう。

でも、10年前の経験があるから今がある。
10年前に生きていてくれた私がいるから今がある。
色々欠けていた私だけど、
欠けていた私なりに生きていた。
今も満ちている訳ではない。
欠けているところも、もちろんある。

これからの私は、まだ欠けている部分を少しずつ組み合わせながら、
自分を愛し、家族を愛し、支えてくれる人に感謝をしながら、生きてゆきたい。

10年前の私、大丈夫よ。
10年後の私は、愛する人のそばで生きている。

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