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社会性とウイルスと

 新型コロナウイルスの感染拡大が続いています。様々なイベントの中止や外出自粛の要請が相次ぐ中、気ままに出かけられない日々が続きますが、家でゆっくりコーヒーでも飲みながら、ヒトの社会とウイルスの関係について考えてみます。

 死をもたらすようなウイルスへの感染は非常に恐ろしいものです。ウイルスのどのような特徴が私たちに恐怖を与えるのでしょうか。実は、ウイルスそのものは、私たちヒトが所属する真核生物や細菌などの原核生物とは大きく異なる存在です。私たちの体を構成する一つひとつの細胞や細菌の一つひとつは、自らの力で増殖する能力を持っています。細胞の中に、遺伝情報が保存されたDNAに加えて自分のコピーを作り出す仕組みを組み込んでいるのです。一方ウイルスは、遺伝情報を保存したRNAとそれを包み込む「包み」だけで構成されています。そのため、自分自身の力だけでは増殖することができません。自己増殖する能力を生き物であることの条件とするならば、ウイルスは生き物ですらないのです。RNAをタンパク質と脂肪の膜で包んだだけの、とはいえ限りなく生き物に近い、単なる「もの」なのです。このような視点から見てみると、ウイルスそのものは、私たちが考えているほど恐ろしい存在ではないのかも知れません。
 ウイルスはどのようにして自分自身を増やしていくのでしょうか。ウイルスが増殖するためには、生き物の細胞の中に入り込むことが必要です。自分自身ではコピーを作る仕組みを備えていないため、他の生き物の細胞に潜り込み、その細胞の仕組みを借りて自分自身を増やしていくのです。でも、どの生物の細胞の中にでも入り込めるわけではありません。入り込むためには、ウイルスが「包み」の表面に持つ鍵のようなタンパク質と相手の細胞膜に存在する鍵穴のようなタンパク質の型が一致しなければなりません。ヒトには感染するけれども他の動物には何の影響もないウイルスがいたり、鳥だけに感染する鳥インフルエンザのようなウイルスが存在するのはこのためです。

 一方、私たちヒトを含めた動物は、どのような仕組みで数を増やしていくでしょうか。オスとメスの区別がある動物では、雌雄が交尾することによって次の世代が生まれます。生まれたばかり子どもは、自分自身の力で生きていくことはできないため、母親や父親などの家族から温めてもらったり、えさをもらったりしなければなりません。また、大切に育てた子どもや家族が他の動物に食べられてしまっても数を増やすことはできません。敵に襲われないように群れで行動したり、敵が来たことを素早く仲間に知らせたりすることが必要です。動物は、交尾や子育てを含めたさまざまな場面で他の個体と行動を共にしたりコミュニケーションを図ることで数を増やしていくのです。
 私たちヒトの社会は、さまざまな社会行動への動機づけをもとに成り立っています。セックスに対する欲望や、子育てに対する願望はその基本的なものです。自分たちの数を増やすという視点から見れば、セックスや子育ては目的を達成するための手段に過ぎません。ですが、それをうまく達成するために、今度はセックスや子育てそのものが目的となって、強い欲望や願望を感じずにはいられなくなっています。また、セックスや子育てに限らず、誰かと行動を共にし、コミュニケーションを図るだけでも私たちは満足します。休みの日に誰かと買い物や食事に出かけるのは、何か別の目的を達成するためではなく、誰かと会うことそのものが目的となってその行動に動機づけられるためです。このような社会行動への動機づけをもとにして、私たちの社会や経済が日々成り立っていると言えます。

 では、最初の疑問に戻りましょう。ウイルスのどのような特徴が私たちに恐怖を与えるのでしょうか。ウイルスそのものは自分自身では数を増やすことができない単なる「もの」でした。そのウイルスが自分たちを増やすために利用しているのが私たち生き物です。もうお分かりでしょうが、ウイルスは明らかに、他の個体と接触したり密接なコミュニケーションをとらなければ生きていけない私たちの性質をうまく利用して数を増やしているのです。私たちがヒトらしい行動をとろうとすればするほど、ウイルスにとっては好都合です。ウイルスの特徴というよりもむしろ、ヒトや動物の社会性という特徴がウイルスを恐ろしいものにしていると言っても言い過ぎではありません。 

 ウイルスとヒトの関係を考えることで、ヒトがどのような生き物なのかを理解するヒントが得られます。もちろんそれはウイルスについても同じです。私たちがどのような行動をとれば感染拡大を防げるのかは、当然ながら明らかです。そして、同じくどのような行動をとればこのような状況下でのストレスにうまく対処できるのかも明らかでしょう。不要不急の外出こそ、私たちヒトをヒトたらしめている行動の一つなのかも知れませんが、もうしばらくはヒトらしく工夫した生活が求められそうです。

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