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短編『あるきめ』


    1

 その男と出会ったのは、テレビ局が主催するクイズ大会の予選だった。有城と名乗った男は最初からやけに親しげに話しかけてきた。
「出入り口のない鳥籠で鳴かない鳥を飼ってるんです」
 意味を理解するまでしばらくかかった。マイナーなクイズ番組にわざわざ出たがるのだから、みんなある程度変わった人だろう。しかし有城はその予想を大きく超えてきた。
「どういうことですか?」
 笑顔で写真を見せてきた。純白のキレイな鳥だ。言われてよく見ると、確かに籠に出入り口はついていない。
「どうやって入れたんです……?」
「ふふふ、不思議でしょう」
 自慢したくてしかたがなかったらしい。有城の笑顔と純白の鳥の姿は強烈な印象を残し、予選会の間もずっと頭の隅から離れなかった。
「いやあ、お見事でした」
 予選会を勝ち抜いたのは四名。その中には有城も含まれていた。自分手も足も出ずに早々に脱落してしまったのだから情けない。
 予選の感想を言い合っているうちに、鳥のことを思い出した。
「そういえば、ずっと気になってたんです。あの鳥はどうやって?」
「……それなら、うちに見に来ませんか?」
 好奇心は強い方だ。それに有城に少し興味が出てきた。ぜひにとお願いして有城の家に着いていった。
「あら、早かったね」
 有城の住むマンションの部屋に入ると、慌てた様子で奥さんが出てきた。「妻の亜梨子です」
三十代前半といったところだろうか。有城より一回りは年下に見えた。
 ずっと右手で左手を包むようにさすり続けている。心理学的には不安を感じるとこうした行動をすると雑学の本で読んだことがあった。ずいぶんと警戒されているらしい。
「卵から孵って少し経ったら小さいうちに、籠の中に入れるんです」
 鳥は写真より実物の方がずっとキレイだった。籠の隙間から入れて育てると、この不思議な状態ができあがるらしい。
「……ということは、この鳥は飛んだことがないんですか?」
「おお、いいところに気付きますねえ」
 残酷だ。鳥は飛ぶために生まれてきたはずなのに。しかし、満足げに笑う有城に何をどう伝えていいかわからなかった。自分だって、面白がって見物に来たのだ。
「不思議なもので、飛ばない鳥は、鳴かなくなるんですよ」
 結局しばらく鳥を眺めたあと、頃合いを見計らって彼の家を辞した。

    2

「鳥が逃げました」
 有城から連絡があったのは予選会から三ヶ月ほど経ったころだ。
「でも、出入り口はないはずじゃ」
「そうなんです。だけど、実際に鳥はいなくなっている」
 有城は鳥に名前を付けずに、ただ鳥と呼んでいる。
「籠をペンチ曲げて、隙間を広げてそこから出したとか……」
「だとしたら、何らかの跡が痕跡があるはず。籠の材質的に、一度曲げた部分は硬くなって必ず跡が残ります」
 加工硬化だ。クイズの本で見たことがある。
 電話口でも有城が焦っているのは十分に伝わってきた。初対面の私に自慢してきたくらいだ。彼にとって本当に大切なものだったのは間違いない。それがたとえ、ちょっと常識からずれていても。
「心当たりは?」
「まったく。空き巣かと思ったんですが、他に何も盗まれてないんです」
 鳥を見せたことがあるのは、なんと私だけだという。今までも何人かに声をかけたが、実際に家まで来た者はいない。つまり、有城を除いてあの鳥に一番関心を持っているのは、私だということになる。
 疑われている。そう思った瞬間、嫌な汗がどっと噴き出した。もちろん私は犯人じゃない。だが、それを証明する方法もなかった。
 電話を切ってからしばらく脱力して、手にも足にも力が入らなかった。彼とは、友達になれたと思っていたのに。

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