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代数ダイス

  1

少しだけ不思議な話をしよう。

これはまだ俺が高校生のころの出来事だ。俺は初めての彼女ができて浮かれていた。

高校二年の秋。相手の名前は工藤紗理奈。身長百六十五センチ。体重四十八キロ。青年誌の表紙を飾るアイドルにだって負けない数字だ。牛乳でつくったシャボン玉のような白くて透明感のある肌は、俺の前でだけ少し赤みが差す。まさに完璧な彼女だった。

一年生のときに同じクラスだったときは、あまり話す機会もなかったのだが、進級して別のクラスになってから連絡がくることが増え、自然と仲も縮まってたのだ。違うクラスになって、周囲の目を気にしなくてよくなったのが大きい。紗理奈はとにかく目立つ。立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花なんて言葉があるが、ただ座っているだけで目をひくのはひとつの才能だった。

そんな完璧な彼女だったが、ひとつだけ欠点があった。

致命的に話が合わないのだ。

   2

当時俺は、起業クラブという部活に在籍していた。

うさんくさい名前だが、学校に認められたれっきとした部活動である。伝説のOB、城島巧が立ち上げたこの部活は、世の中の仕組みを学び、新たなビジネスを興すことを目的としている。

城島巧は実際に在学中に会社を立ち上げ成功させた。その実績が認められ、第二の城島巧を育成するために、この起業クラブは存在する。

高校生起業家として一躍メディアに取り上げられた城島は、タレント活動に精を出し、本業は何をやっているかわからないが、今でもたまにコメンテーターとしてテレビにでている姿を見ることがある。

十年前の創設当時は入部希望者が殺到した起業クラブだが、今では部員は俺を含めて三人だけ。

活動内容も、ビジネス書を読み比べて点数をつけてランキングにしたり、株のシミュレーターで元金を三倍に増やしたところで「だからなんなんだ」と思ってやめてしまったり、できもしない無茶な起業プランを組み上げては資金がないと諦めたり、いまいちパッとしないものばかりだ。

十年経った今でも、第二の城島巧は生まれていない。

そんな部活に入っていたので、自分の能力はともかく、意識だけは高かった。だから紗理奈とのデートでの会話も、基本的に噛み合っていなかった。

ネットで話題のかわいいメロンソーダが飲みたいとカフェに連れて行かれれば、行列に並びながら飲食店が生き残るための戦略について話した。

観たい映画があるので誘ったら、上映中にも関わらず「これ誰だっけ」などの説明を求められ、できるだけ周囲の迷惑にならないように教えたにも関わらず、上映後の感想は「よくわからなかった」の一択だ。

舞い上がりながら過ごした三ヶ月が終わることには、そうした小さな違いが目につくようになってきた。

そうなると、完璧だったはずの相手の欠点も目につくようになる。スレンダーで理想の体型だったはずが、色の白さも相まって痩せすぎで不健康に見えてきたし、目が小さいのも気になる。あとで紗理奈の親友の由香に聞いたところ、紗理奈は紗理奈で「頭よさげな雰囲気だす割に学年50位くらいで中途半端」「運動部じゃないしヒョロくて頼りない」「あと五センチ身長があれば」などと言っていたらしい。

お互いがそんな状態だったので、デートの回数も減り、わざわざ自宅と反対方向にある紗理奈の家まで一緒に下校するのも面倒に感じるようになっていた。

そうなると放課後が暇になる。ひさしぶりに部室に顔を出すと、ちょうど孝治と雄二が珍しく興奮した様子で何かを話していた。話題の中心は、部室の机の上に置かれているサイコロだ。

前置きが長くなってしまった。ここからいよいよ少し不思議な話が始まる。

孝治が持ってきたそのサイコロは、狙った目が必ず出せたのだ。

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