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「人生のハンドル、自分が握っている」   ~嘉悦大・白鳥教授に聞く

嘉悦大学教授の白鳥成彦先生は、AI技術を使って、中退の予防につながる教学施策を研究なさっています。白鳥先生が日頃考えていらっしゃる中退問題や大学のあり方などについて伺うため、天気の良い4月のある日、研究室を訪ねました。緊急事態宣言前だったこともあり、キャンパス内には学生さんの姿も少なくなく、すれ違う学生さんと白鳥先生が交わす何げないやりとり、笑い声、表情などなどから、改めて、学校に通うことの大切さを感じた日にもなりました。

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白鳥成彦(しらとり・なるひこ)
嘉悦大学経営経済学部教授。千葉大工学部卒業後、フォトグラファーをめざして渡米。帰国後、慶応義塾大学大学院 政策・メディア研究科でメディアデザイン・人工知能(AI)を研究。現在は、大学で中退がなぜ起きるのか、どう防止できるのかを考察し、デザインと人工知能研究をベースにした教学施策、中退防止施策を実践中。論文に、「入学前データと出席率を用いた初年次学生の中退予備状態推定」(2019年)、「中退理論と教学IRデータのマッチングによる中退防止の検証.」(2019年)など多数。
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中退は選択肢の一つでしかない

ーー先日の設立シンポジウムで「『中退』はいけないことなのか?」という議論がありましたね。

僕自身は、「中退」自体をそこまでネガティブに捉えてはいません。人生はいろんな選択肢があるわけで、その複数の選択肢を自分自身で検討して中退を選択するなら、それはそれでいいと思います。大切なのは、人生のハンドルは自分が握っている、ということを自覚して、何かを選択・決断した後、ポジティブに生きて行ければいいんです。もちろん、その選択が違ったと思ったら、その時点でまた考えればいい。

ただ、複数の選択肢が見えて、選べる「環境」は周囲の大人がいっしょに作ってあげたいと思っています。一番避けたいのは、切羽詰まって、もう中退しかない、と決めざるを得ない状況に陥ることです。

この春、2年生に進級しないで中退を決めた学生がいました。
その学生は、前期までは非常に成績も良かったのですが、後期に入って、オンライン授業の影響もあったのか、うまくいかなくなって単位がとれなかった。そのことでご両親ともめてしまって、学費も出さない、中退するしかない、となってしまった。

たまたま、その子自身は能力の高い子で、自分で相談先なども見つけて、いまはやることを見つけているので、ひどく心配している、というのではないのですが、もう少し早くかかわっていられたら、違う選択もあったのではないか、という思いがあります。

ご両親に対しても、大学の単位というのは1年後期に単位がとれなくても、残りの3年間でしっかりやれば4年で十分卒業できるよう設計されていますよ、と説明できる機会があったらよかったのに、と思います。そうすれば、親子間で感情的な衝突があったとしても、もう少し違う形になったのではないでしょうか。その子には、半年ぐらいたったところで、連絡してみようと思っています。

「自分は何者?」が出発点

学生には、自分を表す「バッジ」をたくさんつけられるようにしてあげたいと思っています。私の売りはこれです、という「バッジ」です。

僕が研究者の道に入ったきっかけは、警察官から怪しいと思われ、警察署につれていかれた経験なんですよ(笑)。

フォトグラファーをめざしてアメリカに行きましたが、ちょうど父親が病気になったことと夢の限界を感じ始めていた時期が重なって帰国しました。それでも何となく写真をあきらめきれないで、撮影をしていたある日のことです。僕は空の写真が好きで、空の写真を撮っていたのですが、近所の人から「怪しい人がいる」と通報されてしまったようです。ベランダ等を盗撮していると思われたのでしょうね。

当時はまだフィルムカメラでしたので、警察署で「空の写真を撮っていたんです」と言っても、現像されてくるまで時間がかかるじゃないですか。その間、いろいろ聞かれたわけですが、その時に、「あれ? フォトグラファーとして仕事しているわけでもないし、どこにも属していないし、僕が何者か相手に一発で伝わるものが何もないぞ」と思ったんです。

もちろん、写真が現像されてきて疑いは晴れるのですが、結構な時間拘束されましたし、大変だったんです。それで、まずいな、と思って、アメリカの大学でお世話になった先生に相談して、大学院に行くことにしました。そこから今に至ります。

学生には、所属のバッジだけでなく、これをやってこういう実績があります、これもあります、と言うようなバッジを増やしてあげたいと思っています。それが本人の自信につながり、生きていく強みになると思っています。

「楽しくなければ大学ではない、楽しいだけでも大学ではない」

中退予防は大学の組織改革があって、達成できることです。
2008年、加藤寛先生が嘉悦大の学長に就任するときに、加藤先生の前任校だった千葉商科大学から、僕を始め何人かが一緒に嘉悦大に来ました。そして、学生が主体的に学んでいくためにはどういう教育体制をつくるべきか、加藤先生が先頭に立って組織改革を始めました。

ただ、改革したものがカルチャーとして定着するまで時間がかかります。トップダウン式の改革後、今度は我々教職員からボトムアップの形で良い大学づくりを続けているわけです。僕は、入職したときから、中退予防を含めた初年次教育をやります、って手を上げて今に至るわけですが、僕がいなくなっても同じように中退予防に対応できる組織でなければならないですよね。

実は、カリキュラムと高大接続がちゃんとしていれば、「中退予防」をわざわざ取り上げる必要はそこまで無いんです。ただ、学び豊かなカリキュラムを用意し、ミスマッチをできるだけ防ぐ施策は「長期的」な取り組みです。今の時代、どうしても不本意入学者は一定数いますし、今回のコロナ禍のような、社会状況の変化もあります。もう少し短いスパンに的を絞り、今入学してきた学生に対応するために、初年次教育を中心とした中退予防施策は必要となってきます。

もし、中退予防をするべきだと考えている大学があったら、まず、組織として、どういう学生を育てたいのか、なぜ組織としてそれに取り組むのか明確にすること(=why)です。そのために何をするか(=what)、どうやって自分の学校に適用させるか(=how)は、この朝日中退予防ネットワークで共有される情報の中から取捨選択することで、だいぶ楽になるのではないでしょうか。

予算もない、組織としての「why」もない中で、目の前にいる「大学を辞めたい」という学生に一人対応して、疲弊しきった教職員をたくさん知っています。ネットワークのいいところは、そういう方が孤立せずに、一緒に学生の事を考えていけるところではないでしょうか。

加藤先生が大学改革に取り組まれる中で、「楽しくなければ大学ではない、楽しいだけでも大学ではない」とおっしゃっていましたが、この言葉がすごく思い出されます。これを達成するには、教職員も楽しんでないと!、と思います。

社会も寛容であって欲しい

本当は、若者が複数の選択肢の中から中退を選んでも、「いいじゃないですか」と言える社会であってほしいと思っています。
転学ももっとしやすいといい。中退しても、その後やっぱり大学に戻りたいと思ったら、いつでも戻れるように大学も門を開いておけばいい。若い人が決定をしたことを褒めて、伴走していけばいいと思います。

人は本当に複雑でおもしろいですよね。
人工知能にとって一定のルールがあるものは簡単です。「中退の選択」も、普通の社会的条件だけで考えたらどう考えても不利で、卒業する方が「+」です。でも人間は、自分の気持ちや、周囲の人の気持ちや、その他いろんな要素が加わって、中退を選びます。人工知能にしてみたら、「なんで?」ですよ。でも、それを選んだ理由はちゃんとある。

一定のルールがない多様な情報を与え続けるとAIは成長します。
人間も同じで、多様な軸、価値観、見え方、それぞれの事情、などなどを理解して、たくさんの選択肢がある中で「簡易な失敗」を重ねて成長していけばいいと思っています。



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