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若者の未来支える社会めざして

 日本ではいま、2人に1人が大学へ進学する時代となりました。高校進学も高度成長期を経て96%台で推移し、教育大国、と言っても過言ではないでしょう。しかしその一方で、毎年、大学や専門学校、高校を退学する学生・生徒が一定数、います。
 「学校」の外に目を向けてみましょう。「非正規雇用」「ネットカフェ難民」「ひきこもり」などなど、困難な状況に陥った若者のニュースがあふれています。一人ひとりの事情は様々かもしれませんが、社会として、困難な状況に陥ることを防ぐ手立ては考えられないものでしょうか。
 「困難な状況」の要因になりうる「中途退学」を未然に防ぎ、若者自身が自らのキャリアをきちんと選び取っていくよう支えたい――。この考えに賛同してくださった有識者の皆様と共に、中退予防につながる知識・スキルの集合知をつくるべくこの春、「委員会」を立ち上げました。そして、中退予防に関心がある学校・教育関係者の方々と手を結び、オンライン上の研究会(「朝日中退予防ネットワーク」)を作っていきます。

 「中退予防」をライフワークとし、委員会の副委員長を務める大正大学特命教授の山本繁さんに、どうして「中退予防」なのか、どういう展望を描いているのか、語っていただきました。

山本繁・大正大学特命教授に聞く

コロナ禍の今こそチャンス/汎用性ある中退予防策、広げたい


■原点は弟と演劇活動

―― 様々な若者支援を行ってきた山本さんが「中退予防」に注目し、これをライフワークにしようと思ったいきさつを教えて下さい。

 振り返ると様々なことが絡み合っていますが、ベースには弟のことがあります。
 弟は、小さい時から学校の授業についていくのが困難で、中学までは通学が難しい日もありました。しかし、入学した昼間定時制の高校が彼には非常に合ったようで、吹奏楽部に入部し、フルートに出会い、3年間熱心に活動していました。そうして音楽の専門学校へ進学しましたが、1年の秋で退学しています。その後しばらく家にいる状態を経て、いまはアルバイトの仕事をしていますが、家族として、どうしたら彼が幸せに生きていけるのか、ずっと気にかかっています。

 大学時代の演劇との出会いも今につながっていると思います。大学の演劇サークルに入った縁で、中高生を対象とした演劇活動を手伝うようになりました。中高生20人ほどが、一年間稽古していくのを伴走するのですが、この表現活動を教育プログラムとして、子どもたちが成長していくのを目の当たりにしました。それに、演劇は異なる役割、技術を持つ人たちと、自分らしくかかわりながら連携して、一つの作品を作り上げていきますよね。他職種連携ですし、オープンイノベーション、でもあります。こういう学びや体験を子どものうちにすることって、すごくいいな、と思いました。


 両親ともフリーで働いていましたし、しかも、「働く」というのはお金を稼ぐだけでなく、何か自らの尊厳とか、生きがいとか、そういうことにつながっているようだぞ、というのを子どもながらに感じ取って成長しました。そのせいか、大学を卒業した2002年、就職を選ばずに好きなことをしようと思い、「コトバノアトリエ」という文芸教室を始めたんです。雑誌を作ってフリーペーパーのように置いてもらう活動をしていたのですが、集まってくる子の中に、弟のような、「この子、将来大丈夫かな?」と心配になるような子がちらほらいて、気になって仕方がなくなってきたんです。

■「川下」での救済から「川上の」安全策作りへ


―― 「コトバノアトリエ」の活動を始めた直後くらいから、「ニート」「フリーター」という言葉が浸透しましたね。

 中高生と活動し、彼らの成長を見ていく中で、伴走さえちゃんとできたら将来に希望が持てることを実感しました。一方、日本の生育環境、教育環境ではニートやフリーターになる若者が増えてもおかしくないと思いました。そこで、ニートやフリーターと呼ばれる若年無業者や非正規雇用者の支援を始めたところ、彼らの中に中退者が多かった。しかも、「(大学を)やめたら何とかなると思っていたけれど、何ともならないですねー」と、中退後のリスクを深く考えずに辞めているケースが珍しくなかったんです。

 「中退は減らせるな」と直感しました。

 また、ニートや引きこもりの支援というのは、例えてみると、溺れている人を助けるために自分も川に入って命がけで助けているのに、川の上流では人が転落する場所をそのまま放置しているから、溺れる人はいっこうに減らない、というようなものです。助けられるとしてもせいぜい年間で100人? 200人? それでは自分もいつか力尽きてしまうかもしれない、と思いました。
 どうやったら川に落ちる人を減らせるんだろうか、つまり社会のウィークポイントがどこなのか、と考え、2008年から「中退予防」についてリサーチを始めたんです。

 リサーチしていく中で、様々な人と出会いました。
 今回、委員を引き受けてくださった平田豪成さんは当時、全国で58校の専門学校を運営する学校法人の常務理事で、学生にとって通い続けられる学校がいい学校であること、中退予防が経営改善に必須であることをいち早く見抜き、そのための改革を積み重ねていました。

 また、ある専門学校の再建に少しかかわらせていただいたのも得がたい経験でした。その後、アメリカの誰もが知っている戦略系コンサルティング企業で働いていた人にお話を聞きましたが、その方はアメリカで大学の中退予防の仕事も経験したと言っていました。「アメリカではそんな有名な大手コンサルが中退を減らす仕事をしているんだ」、なんて驚いた記憶もあります。ともかく、事業として十分成立する、ということを実感していったのです。

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■コロナ禍で訪れた最高のタイミング

――  NPO法人NEWVERYは多くの大学や専門学校で中退者を減らし、「中退白書2010」をまとめるなど、「中退予防」の分野では大きな実績を重ねましたね。山本さんがそこの理事長を退任したのが2017年です。大学組織にお入りになって、今、何が見えていますか?

 体調を崩したことが直接のきっかけで、理事長退任を決めました。その時は今の職は決まっていなかったのですが、ひょんなことから現職に迎え入れていただきました。この職につけたことは、大学という組織を知る上で、非常に大きな意味を持ちました。

 中退予防というのは、組織的に取り組まないと良い効果は出にくいのです。学長さんや理事長さん、あるいは教職員の誰か一人が孤軍奮闘しても、なかなか結果はついてこない。組織的な取り組みにしてもらうために大学という組織がどうなっているのか、組織内の関係性だったり、立場ごとの感情だったり、実質的な決定はどこであるのかなど、もろもろ理解する必要があると感じていました。その意味で、大学の教員になれたことは、非常に大きな意味を持ちました。

 そして2020年、コロナ禍に見舞われ、ほとんどの大学がオンライン授業となりました。今、「中退予防」に取り組むには、最高のタイミングだと思っています。

 一つには、ほとんどの大学がオンライン授業になり、学生がつらい思いをしているんじゃないか、ということが社会の共通認識になっています。こういう危機の時こそ、力を合わせよう、と思うでしょう。大学組織が一致団結して取り組む好機です。
 それから、「SDGs」という概念、それに基づいた取り組みが世界的に広がりつつあることにも後押しされます。特に日本では、「誰一人取り残さない社会の実現」というコンセプトが掲げられています。これはまさに「中退予防」という考え方とぴったり当てはまります。各教育機関はSDGs推進のためのキーとなり得る、と自負もしていますので、足元の学生を排除しない、という概念には敏感になるのではないでしょうか。
 最後に、中退予防の取り組みというのは、報道との親和性も高いと思っています。朝日新聞社が取り組むことで、理解の広がりが生まれるのではないか、という期待を持っています。

 中退予防につながる取り組みをこれまで続けてきました。ただ、日本全体の中退者を減らすにはどうしたらいいのか、まだその解決策が確立したとはまだ言えません。しかし、「いいもの」はかならず残り、広がります。
 学校によって事情は違い、対策は多少カスタマイズが必要ですが、中退予防につながる初年次教育や学内の対応システム、あるいはそれらを導入していくプロセスそのものはきっと汎用(はんよう)性があるはずです。そういうものを作って広げられたら、と考えています。         (了)


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